2024年10月スタートのNHK土曜ドラマ「3000万」。祐子(安達祐実)は坂本(木原勝利)に脅されてかけ子の仕事をすることになる。
マンションの一室にあるかけ子部屋。そこのリーダーが末次。演じているのは内田健司。一見普通の人間が実は一番怖いということがよくわかる。そんな末次と、俳優の内田健司さんについて深掘りする。
優しくて不気味なかけ子のリーダー末次
3000万を犯罪グループの坂本に取られた祐子。だが、金を返せば済む話ではなかった。そもそもグランドピアノで200万、病院のトイレに50万ぶちまけて、合計250万は使ってしまったのだ。坂本が許すはずはない。
3日以内に1000万用意しろと詰め寄る坂本。それは無理だと返す義光。すると坂本はある提案をした。
祐子がコールセンターに勤めていたことを知る坂本は、祐子に「かけ子」の仕事をするように命じたのだった。
翌日、指定されたマンションの一室を訪ねる。なかなか良さげなマンションである。小さく見えるが、マンションに入っていく女性が祐子。住人のおばあさんと挨拶も交わしている。
優しそうな男が対応した。「末次と言います」
ソフトムードの末次。ハンサムでもある。しかも清潔感まで漂っている。だが、この笑顔の裏にある底知れぬ不気味さはなんだろう。
まだ、坂本のように「バカ野郎」と言われて毒づかれたほうが納得感がある。
祐子は自分のデータ(免許証のコピー)をこっそりと探しているところを、末次に見つかってしまう。「何してるんですか?」と部屋に入ってきた末次の声は、凍り付くように冷たかった。
「次の顧客リストを探していて」とごまかす祐子だったが、末次は「次からはボクに言ってくださいね」と言い含める。一巻の終わりと思われたシーンだったが、祐子はそのまま部屋を出る。祐子を見送る末次の目が怖すぎて、観ているこちらが震えてきた。
後に、祐子と義光の「組織のトップを見つける」計画により、坂本の上司の大津が逮捕され、同時にこの「かけ子部屋」からも撤収し、部屋はもぬけの殻になってしまった。
坂本の上司になる末次
大津が捕まったことにより、坂本の上司は大津から末次に変わった。いつも汚れ仕事ばかりさせられている坂本は怒りに震えていた。
なぜいつも、自分ばかり部下の尻ぬぐいをさせられるんだ。なぜいつも自分ばかりが降格になるんだ。
自分の感情をコントロールできない坂本とは対照的に、末次はいつも冷静沈着だった。結果的に、坂本は末次により警察に売られることとなった。
黒幕が捕まり、逃げる末次
最終話では、組織の黒幕である穂波悦子(清水美砂)と末次に警察の手が迫った。絶体絶命の末次は、悦子を突き飛ばして自分は必死で逃げる。
悦子は捕まった。自分の逃げ場はどこにもない。ただ、捕まりたくはない。どこへ逃げればよいのだ。あてもなく、急ぎ足で歩き続ける末次。
もうこれまでの強気な末次はどこにもいない。誰も信じない、誰も頼りにしない、孤独な男の横顔である。なぜこうなってしまったのか、こうなるはずではなかった。そんなことを悶々と考えながら、逃げ続ける人生が始まった。
ドラマは最終回だが、末次の哀しみにあふれた横顔が忘れられない。
もう一人逃げた仲間の長田は、いずれ捕まるだろう。だが、末次は捕まらないかもしれない。
捕まらない人生ということは、逃げ続ける人生ということだ。末次は指名手配犯になるだろう。自分の顔写真が日本中に貼られている末次は、どんな人生を歩むのだろう。いっそのこと捕まって、罪を償い、ハレバレと出所したほうがよほど良い人生を送ることができるのでは?と考えるのは私だけだろうか。
内田健司は末次の哀しみと怒りを見事に表現した
ドラマ「3000万」では、末次の出るシーンは決して多いとは言えない。初めて末次が登場するのは、祐子がかけ子になった第5話だし(ドラマは全8話)、末次は要所要所に登場する。
だが、初めてかけ子部屋で祐子に挨拶した末次を見た瞬間、「うわー、またすごいのが出てきた!」と身震いしたのを覚えている。末次は、理由もなく怖かった。家族でも(我が家はみんな3000万ファン)、「ああいうやつが一番怖いよね」と話していた。
たとえば、小日向文世さん。あの役者は、笑っても怖い。いい人なのか悪い人なのか分からない怖さがある。末次を演じる内田健司も、小日向さんに似たものを感じる。
出てきたときの不気味なオーラは、いったいどこから来るのだろう。強面(こわもて)でもないし、一見「人のよさそうな、温和で常識的な」人間に見えるのに。
私は末次を演じる「内田健司」という俳優が気になって仕方がなかった。私にとって、初めてみる俳優さんなのだ。
なんと、内田さんは「蜷川幸雄」さんの舞台で活躍していた俳優さんだったのだ。蜷川さんと言えば、「厳しい稽古」で有名である。一切の妥協を許さない、ホンモノの舞台人を発掘し、育てあげて人だ。すでに蜷川さんは亡くなってしまったが、内田さんは蜷川さんの「最後の秘蔵っ子」として名を挙げていた。
舞台から出てきた俳優さんというのは、演技力は人をうならせるものがある。ましてや、蜷川さんに鍛えられたと聞けば、内田さんが「ドラマに登場しただけで人を震え上がらせる」ことができるのも、分かるような気がする。
内田健司さんについてXでの投稿を見つけたので、紹介する。
#3000万 に内田健司さんが出てるってだけで信頼度がぐっとあがる。蜷川幸雄さんの晩年、主演をたくさん担った気鋭。青白く得体のしれない現代の若者を演じてきただけあるあやしさ。木原勝利さんも印象的だし、このドラマ、脚本だけでなくキャスティングも良い
— 木俣冬 (@kamitonami) November 2, 2024
当然と言えば当然だが、内田さんは「舞台」をメインに仕事をされている。私は舞台のことは分からないが、おそらくは「舞台」を経験すると、ドラマは面白味のない仕事に思えるのだろう。
昔、私はエキストラのバイトをしたことがあったが、ドラマというのは、秒単位の細切れのシーンをつなぎ合わせたものであることを知った。
一番短いシーンだと、例えば女性が椅子に座っていて、誰かに呼ばれて「え?」と後ろを振り返るだけの、ほんの3秒くらいのシーン。こういうのが延々と続いていくのがドラマの制作だ。(だから、タイムキーパーさんは大忙しだ。)
実力のある俳優さんは舞台の仕事が好きなのはわかるが、これからはドラマにも出てほしいな!と思うのが、正直な私の気持ちである。
ドラマ3000万では、安達祐実と青木崇高が素晴らしいのはもちろんだ。だが、脇を固める俳優陣がすべて素晴らしかった。そういう意味では、誰が主役で誰が脇役なのか、分からないほどだ。
こう言ってはなんだが、話題になるドラマ(視聴率が高いとか、人気タレントが出るとか)でも、つまらないものはたくさんある。「見なければよかった」「見た時間が損した」と思うのはしょっちゅうだ。
だが、ドラマ3000万は私の時間をこの上なく幸せな時間にしてくれた。ドラマから得るものは多い。ドラマは人生を豊かにしてくれる。自分ひとりが人生で経験できることなんてほんの僅かだが、ドラマはそんな「ちっぽけ」な人生を彩豊かなものにしてくれる。
そういう意味では、ドラマ3000万は私を大いに成長させてくれた。
それから、末次さん、いや、内田健司さん、私をゾッとさせてくれてありがとう!また別の内田さんをどこかで見られますように!心から願っています。