毎回ワクワクしながら放映を待っていたドラマ「宙わたる教室」。まったく、NHKは素晴らしいドラマを作るものだ。単に「スポンサーの意向を気にしなくていい」「視聴率を気にしなくていい」というだけの理由ではないだろう。
ドラマ制作陣すべてが、「ドラマに人生を賭ける」意気込みというものを感じる。
早くも「2024年一番のドラマ」の呼び声が高い、「宙わたる教室」も最終回を迎えた。この記事では、最終回を終えての感想を述べたいと思う。
定時制高校の4人だから成功した「実験」
学会で発表する高校生は、当然のことながら「レベルの高い高校」に通っていると誰もが思うだろう。まず、もともとの頭の良さがなければ実験内容も思いつかないし、結果を出すにはどうすればよいかも皆目見当がつかないだろう。
と、思っていた。だが、それは大きな間違いだった。
「火星のクレーターを作りたい」と考案したのは、部員たちだった。
もともとは、「火星の夕焼けは青いんですよ」という、藤竹のひと言から始まった興味だった。
資料集めとデータ作成に秀でている佳純(伊東 蒼)
佳純(伊東 蒼)は、ネットを駆使して資料を集めるのが得意だ。
「火星」がテーマと決まったら、火星のことを徹底的に調べ上げる。まずは、火星のことを知らなければそもそも何も始まらない。
火星の重さ、重力、大気、気温、火星の土の成分など、すべてをデータ化して部員に分かりやすく提示する。自分が調べたことは即座に答えられるくらい自分の知識にしている。
藤竹から「どうですか?」と部員全員に投げかけられると、真っ先に「やりたいです!」と答えるのはいつも佳純だ。このか弱い女の子の、どこにこのようなやる気と強さが秘められているのだろうか。
つい先日まで「保健室登校」をしていた女の子とはとても思えない。彼女には「自信」が必要だっただけなのだ。
人間というものは、誰しも最初から「自信」を持っている者などいない。その自信は、誰かからのひと言で、簡単に無くしてしまうこともあるし、誰かからのひと言で取り戻せるものでもある。
佳純の自信は藤竹によって取り戻すきっかけにはなったが、最終的には自分の持っている力を発揮して、自ら取り戻した「自信」だった。
パソコンが得意な佳純は、コンピュータ部の天才部長、丹羽要(南出 凌嘉)のアドバイスをもらいながら、データを解析し、さらに分かりやすいものに仕上げていく。
実験の基本は「記録」の積み重ね。試行錯誤を通して、実験はよりよいものになっていく。夜遅くまで自分の部屋で研究を重ねる佳純は、とても高校生とは思えないほど高みに達していた。(そもそも佳純はまだ高校一年生)
ひたむきさと熱さで人をひっぱる岳人(小林虎之介)
岳人(たけと)はなかなか不良仲間との縁が切れなかった。本人は切れたと思っていても、昔の仲間がそうはさせなかった。バイクで高校の中庭に乗りつけてブンブンし、先生から追い返されてもあきらめない。
ついには科学部の部室を荒らし、大切な実験道具を壊され、あと少しで成功が見えていた実験が暗礁に乗り上げてしまう。
岳人はワル仲間に「殴りたいなら殴れ。その代わり、二度と科学部に手を出すな」と始末をつけにいく。彼ならではのケジメだった。
殴られ、顔を腫らして実験室に戻ってきた岳人を見て、長嶺は瞬間に何があったかを知った。他のみんなも、温かく岳人を迎える。部長が戻ってきた。(岳人は部長)
岳人はもともと読み書きができなかった。それは、「ディクレシア障害」という病気のせいだったが、それに気づいたのが藤竹だった。
数学のテストで、数式の問題は満点なのに、文章問題は0点という、特殊な結果を出す岳人を知り、藤竹がたどりついたのが「ディスクレシア障害」だった。
それを初めて知った岳人はうろたえ、驚き、怒りを覚えた。自分の読み書きができないのは、自分のがんばりや努力が足りないせいではなかった。
それからの岳人は、読み書きをあらためて勉強するために、NPOの教室で学び始め、みるみる勉強ができるようになった。今はディスクレシア障害の人のために、音声を読み上げるタブレットなどが開発され、勉学に支障がないシステムもできあがっている。大学への道も用意されているのだ。
不良仲間とも決別し、障がいとも真正面から向き合い、勉学と実験の楽しさに目覚めた岳人。ドラマを通じて、「私たちも岳人のがんばりを見習わないと」と幾度思ったことだろう。
岳人のまっすぐな情熱と、壁が何度現れても自分で乗り越えていく覚悟は、科学部のみんながもっとも頼りにするものだった。
お母さんのように温かい、潤滑油役のアンジェラ(ガウ)
アンジェラは日本人とフィリピンのミックス(NHKではハーフという言葉ではなく、ミックスという言葉を用いていた)。
幼い頃から学校で差別され、友達もできなかったアンジェラは、現在新宿で夫と飲食店を営んでいる。毎晩忙しさにかまけて、どうしても学校を休みがちになり、授業にもついていけず、学校を辞めることを考えていた。
だが、高校の授業についていけないアンジェラに、中学の簡単な問題集からやるようにアドバイスしたのが藤竹だった。アンジェラの夢だった「学生生活」を後押ししていたのは、アンジェラの娘。そんな家族に背中を押され、藤竹の助けもあって、再度学校生活を楽しむようになったアンジェラだった。
科学部に入り、火星の土をどうしたら再現できるかが分からず、暗礁に乗り上げていたとき「二酸化炭素なら、ドライアイス?ドライアイスならうちの店にたくさんあるよ」と、助け舟を出してくれたのがアンジェラだ。
人生経験の豊富なアンジェラは、実験が煮詰まったときは必ず「こうしたらどう?」と、アドバイスをくれる。酢を使った実験がどうしてもうまくいかない藤竹と岳人に、普通の酢とすし酢の成分の違いを説明し、実験を成功に導いてくれたのもアンジェラ。
また、いつでも温かく、人を包み込んでくれる、太陽の存在のアンジェラは、時として摩擦がおきる部員たちの心を和ませてくれる大切な存在だった。
アンジェラは、「いてくれるだけでありがたい」という、大切な存在だったのだ。
長年の工場経営が活きた長嶺(イッセー尾形)
長嶺は長い間、町工場を経営してきた。今は仕事をたたみ、入院している奥さんの見舞いに行き、夜は高校に通っている。
実は、高校は奥さんの長年の夢でもあった。中学を卒業してすぐに上京し、働いていた工場で肺をやられ、奥さんは病気がちだった。現在は入院している。そんな彼女の夢は「学校で勉強する」ことだった。
その夢がかなわないと知った長嶺は、奥さんの代わりに定時制の高校へ通い、そこで学んだことを毎日奥さんに教えていたのだった。
教室の若い学生、得に岳人とはウマが合わなかったが、お互いにいろいろな誤解があったことを知り、長嶺も科学部の扉を開く。
火星のクレーターを作るには、実験装置がどうしても必要だ。JAXAとは違い、科学部には実験にかけられるお金が無いに等しい。
そんな中、長嶺の長年の経験と技術がモノを言う。廃材や工場で眠っている機械や道具を駆使して、手作りで火星実験のための発射装置を組み立てた。カメラも設置し、クレーターが作られる瞬間を動画に収めることにも成功した。
長嶺と岳人はよいコンビになった。岳人が問題を指摘し、それに長嶺が手作業で答える。お金がなくてもあきらめることはない。それを実証したのが長嶺と岳人だった。
何かを作り出すことは素晴らしい。長嶺の目はキラキラと輝いていた。
「宙わたる教室」のモデルとなった高校と先生
宙わたる教室は、実話を元にしたドラマである。
東新宿高校のモデルとなった定時制高校は、大阪府立の定時制高校である大手前高校や春日丘高校。
藤竹先生のモデルとなった先生方は、大阪の定時制高校で科学部を指導していた久好圭治さん(現・大阪大学特任研究員)、谷口真基さん(現・今宮工科高等学校定時制教諭)、江菅純一さん(現・槻の木高等学校教諭)の三人の先生方である。
また、ドラマでは最後に科学部員たちはJAXAの相澤から研究の手助けをしてほしいと懇願されている。それも実話なのだ。モデルになった教授は、東京大学の橘省吾教授だ。
下に、Xからの引用をご紹介する。
引用失礼🙇♂️
— 竜崎 竜太 (@hiropon1955) November 12, 2024
JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心とする「はやぶさ2」サンプラーチームが同様の装置で小惑星表面試料採取に向けた基礎実験に取り組み~結果が学会で発表された際には春日丘高校定時制科学部が共著者として名を連ねています
生徒たちの研究は実際に最先端の惑星科学に貢献しているのです
詳しくは、「定時制高校の科学部を舞台にした『青春小説』が誕生するまで。」をお読みいただきたい。