一度は分裂しかかった東新宿高校、定時制の科学部。藤竹の「この科学部はボクの実験だった。失敗した、ごめんなさい!」という謝罪に対して、「ふざけんなよ!勝手に失敗って決めつけんな!」という岳人の怒りがすべてのモヤモヤをぬぐい去った前回。
学会の発表まで、残すところあとわずか。はたして、科学部は無事に学会で発表できるのか。それとも、まだ何かハードルが立ちはだかるだろうか。
「スピーチってどうやるの?」
藤竹の科学部は、6倍の競争率を勝ち抜いて、学会で発表する15校に選ばれた。大喜びする部員たち。さあ、問題はここからだ。
火星のクレーター実験が完成した今、残るのは学会での発表スピーチを作ることだ。
だが、スピーチってどうやるのだろう?誰も経験したことがないので、どこから手をつけてよいのか分からず、科学部のみんなは途方にくれていた。
そんなとき、タイミングよく助け船を出してくれたのが英語教師の木内(田中哲司)だった。木内は英語のスピーチが得意だった。
スピーチは、人を惹きつける何かが必要!
まず、「何を伝えたいのか?」と木内はみんなに問いかける。
「そりゃ、重力可変装置」と、岳人。「それから、発射装置も」
「ああ、もちろん!」と長嶺も喜ぶ。
アンジェラは「火星の土のことも!」と発言。火星の土を再現するのに、アンジェラと佳純はどれだけドライアイスで実験したか。
伝えたい内容はつかんだ。
「あとは、フレーズだな。聞いている人に分かりやすく、興味を持ってもらえるようなフレーズを考えるんだ」と木内。
学会の発表論文なので、ただでさえ堅苦しくなってしまう内容だ。それを棒読みに読んだところで、誰が聞いてくれるだろうか。
スピーチは「とっかかり」が重要だ。お笑いの「つかみ」と同じようなものだ。最初が肝心。出だしで人の心をつかめば、まずはひと安心だ。
発表は、岳人と佳純の二人が交代で行うことになった。
二人とも、家でも学校でも頭はスピーチのことでいっぱいだ。岳人は授業中でもブツブツ言っているが、クラスメイトは全員岳人が何をしているのか知っているので、微笑みながら見守っている。
佳純の姉も応援体制
佳純は毎晩遅くまで、論文をまとめるのに必死だった。ブツブツ言いながらスピーチの練習もしている。
佳純の姉・円佳が廊下を歩くと、いつも佳純の一所懸命な声が聞こえてくる。ついに、円佳が佳純の部屋を開けた。
「一緒にスピーチの練習をしよう」
いつも中途半端で何かを成し遂げたことのない佳純が、これほどまでに夢中になっているとは。円佳が佳純を見直した瞬間だった。
この日から、佳純のスピーチは毎日円佳と二人三脚で進んでいった。
一方、藤竹はというと、特に口出しすることはなく、温かく見守っていた。
コンピュータ部の要(南出凌嘉)も、プレゼン用の資料に苦戦している佳純にアドバイスしている。
やることは全てやった。あとは、自信を持って発表するだけだ。
学会当日
いよいよ当日になった。岳人、長嶺、アンジェラ、佳純の4人が会場へ向かう。ロビーでスピーチの練習をしていると、クラスメートたち、要、先生たちも応援に駆けつけてくれた。
会場は、想像していたよりもずっと大きな場所だ。聴衆も多く、大きな会場はすでに満員の状態だ。
まずは、全国から選ばれた高校生の発表から始まる。全部で15校。その中のひとつが、東新宿高校定時制科学部だ。
少し遅れて藤竹も駆け付けた。さらに遅れて、JAXAで苦戦している藤竹の大学の同期・相澤(中村 蒼)も会場に入ってきた。実験がうまくいかずに悩んでいる相澤に、藤竹は「学会の発表を見にくるといいよ」とアドバイスしたのだった。
科学部の発表「火星のクレーター再現実験」
ついに、岳人と佳純が発表するときがきた。
舞台の袖で待機しているとき、岳人がつぶやいた。「不思議だなあ。1年前は、こんな所に立つなんて、思ってもいなかった」
佳純も同感だった。
司会から紹介され、岳人と佳純はついに壇上に立った。一人が話し、一人がスクリーンに画像を写し出す。
「東新宿高校 定時制 科学部です」と岳人が話し始めると、一瞬会場がざわついた。明らかに他の高校生と毛色が違うからだ。しかも、岳人は金髪。
岳人は気にせず、どんどん発表を進める。次の岳人のひと言で会場がシーンとなった。
「私たちは、教室に火星を作ることに成功しました」
まさに、これが木内の言っていた「つかみ」だった。つかみは成功した。このひと言で、会場は岳人のものになった。
岳人は物おじせず、堂々と発表を続けた。
重力可変装置の紹介と説明。会場で聞いている相澤の表情が、がぜん真剣になった。
発射装置の説明も、岳人は淡々と行っていた。高校生の手作りでここまでできるのかと、聴衆は息をのんで聴いていた。
次は、火星のクレーターについての説明。佳純の番だ。佳純も、はっきりとした言葉で、堂々たるスピーチを行っていた。もう、学校の保健室でくすぶっている佳純ではない。
火星のクレーターの形状を説明する佳純。聴衆が聴きやすいように、しっかりと、丁寧に話している。声も大きく、堂々としている。
そして、クレーターの再現に成功したときの動画をスクリーンに映しだした。
一瞬でできたクレーターの動画を実際に目にしたとき、会場は大きなどよめきに包まれていた。
「よくやった!」と小さくガッツポーズをとる木内。要も藤竹も、佳純の立派なスピーチに心の中で拍手を送っていた。
佳純の姉・円佳もスピーチを聞き、いつの間にか成長していた妹の姿に驚き、感心していた。二人でがんばったスピーチの練習。まるで自分が演壇に立っているような緊張感だった。
なぜ火星を作ろうと思ったのか
次は岳人の番だ。いよいよスピーチのまとめに入る。だが、岳人は聴衆を見ながら一瞬止まってしまった。
岳人はどうしたのか。頭が真っ白になってしまったのだろうか。聴衆がざわつく。藤竹たちも心配そうに見守っていたとき、司会が機転をきかして質疑応答の時間に持っていった。
そこで、さっそうと手を挙げた白い服のひとりの女性。なんと、石神だった。
「そもそもあなたちが、この実験をしようと思ったのはなぜですか?」
石神の単刀直入の質問に、岳人は少し考え、言葉をひとつひとつ選びながら、何かを思い出すように丁寧に答えた。
「火星を教室で作りたいと思ったんです。でも、最初はどうすればいいのか全然わからなかった。オレたちには無理なんじゃないかって、思った。でも、科学の世界には無縁だった俺を物理準備室のトビラの前に連れて来てくれたのは、顧問の先生でした」
そう言って、岳人は藤竹との出会い、感謝を、想い出を語りながら述べたのだった。
最後に、岳人はこう締めくくった。
「オレはまだこの実験を終わらせたくない。ほかの太陽系の天体の重力も作りたいし、いろんな衝突実験もやってみたい。だから、今すごく皆さんと話したいです。オレたちの実験を見てどう思ったのか、どうやったらもっと良くなるのか、一緒に考えてください。お願いします」
会場に向かって深々と頭を下げる岳人に、会場からの拍手は鳴りやむことを知らなかった。
結果発表
科学部の発表は、大成功だった。すべての高校の発表が終わった。いよいよ、結果発表である。
「奨励賞なら、チャンスがあるかもしれない」という藤竹の言葉に、部員たちは色めきたった。
だが、現実はそう甘くはなかった。4校ある奨励賞だったが、岳人たちの高校の名前が発表されることはなかった。がかりしている部員たち。
次は、優秀賞だ。どんな学校がこの素晴らしい賞を受けるのだろうか。
1校目は京都府の高校名が発表された。
2校目。優秀賞は2校あるらしい。
「東京都立東新宿高校 定時制課程」
喜ぶ部員と先生たち。まるでアカデミー賞で名前を呼ばれたような喜びようだ。まわりからの温かい拍手も心に響く。
表彰式は、4人で壇上に上がった。実験は、4人のものだった。藤竹もどれほど誇らしい気持ちだったろう。
欲しかった、最優秀賞!
優秀賞の賞状を手に、意気揚々と会場を出る部員と藤竹。なぜか、佳純が泣いている。
「ほしかった、最優秀賞」
じゃあ、来年だな!と岳人。みんなも笑っている。
JAXAに力を貸してください
そのとき、息せき切って相澤が駆けてきた。
なんと、今回の火星クレーター再現実験を、JAXAでもやってくれないか、という頼みだった。通常ならとんでもない予算が必要な実験を、手作りでやってのけた岳人たちの科学部に、ぜひ手を貸してほしいと言ってきたのだ。
もちろん、ふたつ返事で引き受ける部員たち。まさか、自分たちが最高峰のJAXAという機関で一緒に実験ができるとは。夢のような話だ。
自分たちで手に入れたチャンス。自分たちがあきらめなかった結果がここに来て立派に花開いた。でも、まだここからだ。まだまだやりたいことはある。ここで実験を終わらせたくないというのが、科学部全員の思いだった。
あんたに会う前の世界より
打ち上げは、アンジェラの店と決まった。歩道橋から空を見上げながら、岳人が藤竹に話し始めた。
「オレたちのことは気にすんな」
岳人は、藤竹がアメリカの大学から招へいされていたことを知っていた。
「オレさ、あんたに会う前の世界より、今の世界のほうが好きだよ」
「そっくりそのままお返しします」藤竹はそう言って、お互いに笑った。
「何話してるのよ!早く!置いてっちゃうわよ!」アンジェラの明るい顔が藤竹と岳人を呼んでいる。長嶺と佳純も楽しそうに手招きしている。
今夜はお祝いだ。そして、彼らのこれからに、乾杯。