映画「ヤクザと家族 The Family」は、3つの時代を生き抜いた男の物語である。監督は藤井道人、主演は綾野剛。映画の中軸は「ヤクザ」だが、単なるヤクザ映画ではない。「暴対法」を絡めた、哀しきヤクザの物語。
重要人物の一人である、「細野竜太」を演じるのは市原隼人。この記事では、細野の生きざまと、細野を演じた市原に迫る。「なぜ細野は山本を殺ったのか?」についても徹底解説する。
山本の舎弟、細野竜太 (1999年 平成11年)
山本賢治(綾野剛)が無職でブラブラしていた時からの、いわゆる「舎弟」(弟分)が細野竜太(市原隼人)。写真左の大原と3人で、いつもつるんで行動していた。
市原と大原は、いつも山本を「ケン兄(けんにい)、ケン兄」と慕っていた。
このころはまだ3人で原チャリをぶっ飛ばしていろいろ悪さをする、いわゆる「悪ガキ」の部類。山本の父はシャブで亡くなってしまった。息子の賢治はいわゆる「不良」。賢治、竜太、大原は「不良3人組」といったところだ。
いきつけの「オモニ」という韓国料理の食堂で、焼き肉を食べ、ビールを飲むという生活。店を切り盛りするのは木村愛子(寺島しのぶ)。背中におぶっているのは、のちに登場する「翼」だ。まだこのころは赤ちゃんだが、子供好きな細野竜太は、赤ん坊をあやしている。
店に入ってきたのが、子分を引き連れた柴咲組の親分(舘ひろし)。親分を襲おうと店に入ってきたチンピラを痛めつけ、結果的に親分を助けることになったのが山本だ。この後、山本は親分に見込まれ柴咲組に正式に入ることになる。山本と一緒に細野と大原が組に入ったのは当然の流れだった。
組で幅をきかせる細野竜太(2005年 平成17年)
6年後。山本は持ち前の度胸と鼻っ柱の強さで、柴咲組の若頭補佐とのし上がっていた。夜の街を闊歩(かっぽ)し、組の息のかかるキャバクラを取り仕切る。一緒に行動するのは細野だ。
細野は、常に冷静で、賢さも併せ持つ。そんな細野は、暴走しやすい山本を抑え、守りる役割を担っていた。若い頃から抱く山本への忠誠心に変わりはない。
韓国料理屋「オモニ」に行くと、翼がテーブルで宿題をしていた。もう小学生。おそらく7歳だろう。細野は「オレたちみたいになるんじゃねえぞ」と、優しく翼に話しかける。「うん」と返事をする翼。
翼に話しかける細野の目は、どこまでも優しい。
この後山本に電話があり、呼び出しがかかる。細野は店を出るとき、翼に飴玉を2個投げてやった。
バーの用心棒として、山本の右腕として働く細野。先ほど翼に見せた優しさが消え、見事にヤクザになっている。
山本の手下。柴咲組に入るが、後に脱退し、山本の出所後に就職の世話をする。
細野が相手を殴り殺す前に、必死で止める細野と大原。寸前で止めるのは、彼らの大事な役目でもある。
抗争相手のヤクザを襲おうとする山本を手助けするのも細野だ。
この後、山本は抗争相手を撃とうとするが、柴咲組の若頭「中村」が先に相手を刺す。山本は若頭の包丁を奪い、自分で何回も刺し、中村の代わりに逮捕され、刑務所に入ることとなった。
組を脱退した細野竜太(2019年 令和元年)
14年の懲役を果たした山本が出所した。時は2019年。暴対法の強化により、ヤクザへの取り締まりは厳しくなっていた。時代の変化を身に染みて感じた山本。もはや、1人では携帯も買えず、アパートも借りられない時代へ突入していた。
出所した山本は久しぶりに「オモニ」へ出向いた。待っていたのは細野だった。細野はすでに柴咲組を脱退していた。
暴対法でヤクザへの取り締まりが強くなり、一般人に車をぶつけられた細野が修理代を請求しただけで逮捕された。これが潮時だと悟った細野は、組から脱退し、今は産業廃棄物関連の仕事をしていた。(ゴミの分別処理である)
今はどうなんだ?と山本が聞くと、細野は「ギリギリです。5年ルールですよ」と答えた。
「反社の5年ルール」とは?
「反社」とは「反社会的勢力」、つまりヤクザのことだ。
「ヤクザをやめても、人間として扱ってもらえるには5年かかるんですよ」
反社の5年ルールとは、企業の取引や契約から反社を排除するために、暴力団員のほか、「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」を、反社会的勢力と同等の扱いとすること。
理由としては形式上、暴力団を離れていても裏で繋がっている可能性があると考えられるため、5年の期間を設けているというのが主旨になる。
細野は組を脱退してからも、血のにじむような思いをして産廃業者の元で働き、ここまで生きてきた。今は妻と娘、3人で暮らしている。細野は嬉しそうに娘の写真を山本に見せた。
お勘定をする段になって、オレが払うよという山本の手を振りきって、細野が払う。驚いた山本に、細野は「アニキと一緒にいると、オレまで反社になっちゃうんですよ」と言い残して、店を出た。
やっと持てた幸せな家庭
細野はギリギリの生活の中、妻と娘に恵まれ、幸せな生活を送っていた。たまには妻と娘を誘って釣りをして、家族で過ごす時間が細野には大事なものだった。やっと一般人の仲間入りをした細野にとって、家庭は何よりも大切なよりどころだ。
細野は、職のない山本を自分の職場に誘ってやった。二人できつい作業をこなしながらも、堅気(かたぎ)の生活へ戻るための足掛かりとして、歯を食いしばって働いた。
同僚の若い男が、細野と山本の写メを撮った。一般人の同僚は、その写真を軽い気持ちでネットにアップした。「元ヤクザ」という書き込みとともに。
悪気のなかった同僚だが、この書き込みのせいで、細野は解雇され、家に帰ると妻も子供もいなくなっていた。元ヤクザとバレた夫と暮らすことは、もうできなかった。
これまで人間以下の扱いを受けながらも必死で生きてきた細野。ようやく仕事も見つかり、結婚し、かわいい娘も生まれ、ささやかな幸せをかみしめる毎日だった細野。その生活がすべてぶち壊された。
すべての根源は「山本」にあると考えた細野
なぜこんなことになってしまったのか?直接のきっかけは、同僚が「元ヤクザ」というコメントと共に、細野と山本の写メをアップしたことだ。
だが、それは単なる「きっかけ」に過ぎない。根本は「山本」が帰ってきたことに問題がある。出所して組を辞めたばかりの山本の存在が、自分の幸せを壊す原因だった。
妻も子も家を出てしまい、職も失い、これまでひとつひとつ積み上げてきたものがガラガラと音を立てて崩れていった。もうおしまいだ。
細野は、1人埠頭でたたずむ山本に近づき、包丁で刺した。山本は細野を許しながら、海中へ落ちていった。
市原にしかできない「細野竜太」という人間像
細野竜太という男は、次のような人物だ。
・優しさがあり、子供好き
・一度決めた人間にはとことん忠実である
・度胸があるが、常に冷静さを保っている
・ヤクザをやりながらも、どこかで暖かい家庭に憧れている
・人に優しいあまり、人に対して疑う気持ちが薄い(最後に同僚に写メを撮らせた部分)
以上のような人物を演じるのは、市原隼人が適役だろう。
何よりも、彼の「目」だ。子供を見るときの市原の目は、ひとみの奥に優しさが感じられる。心からの笑顔が印象的だ。
抗争相手に向かう市原の目は、獲物を負う目、そのものだ。生まれながらのヤクザかと見まごうほどだ。
ヤクザではあるが、市原は常に「凛」としたたたずまいを見せる。スキがなく、アニキ(山本)の右腕としてテキパキと働く細野を、市原は見事に演じ切った。
埠頭で山本を刺したときの市原の目は、冷たく、寂しいものだった。山本に抱くのは憎しみだけではない。愛と感謝も抱いていたに違いない。
細野にとって、山本は単に「アニキ」ではない。Familyだ。家族だったのだ。妻と子供という家族を失った細野は、自らの手でもうひとつの家族も葬った。
細野の悲しい選択が、市原の涙に集約されていた。市原なしには、この映画の成功はなかったと確信している。素晴らしきNo.2だ。