夏は海と二人の生活を、いよいよ夏のアパートで始めることになります。いらない本などを処分して、狭いアパートを少しでも広くして、海のために場所を作らなければなりません。弟の大和にも手伝ってもらって、海が洋服を入れる場所や、教科書などの学校関連の物を入れる場所など、当面の場所を確保しました。
夏のケースは特殊かもしれませんが、世の中にシングルファーザーはごまんと存在します。この記事では、夏を通して、シングルファーザーが女の子を育てることについて考えます。
「何かできることがあったら言ってね」という大和に、「大丈夫、二人でがんばる」と答える夏。
仕事と育児の両立
7歳の女の子をいきなり育てることになると、男性にとってそれまでの自由がほぼ失われるに等しいでしょう。仕事が終わったら家事と育児が待っています。今まで経験したことのない家事と育児、何をやったらいいかもわからないと思います。
仕事と時間の調整
シングルファーザーとして、仕事の時間と育児の時間をどうバランスよく取るかが課題です。男性はフルタイムで働いていることがほとんどでしょうから、家にいられる時間も必然的に少なくなります。
7歳の海が学校から帰ってきたとき、当然お父さんはいません。誰もいない家にカギをかけて入り、父親が帰ってくるまで一人で家で過ごすことになります。
実際は、こういうことは避けなければならないので、現実的なことを考えると「学童保育」を利用せざるを得ません。海の教育と安全を考えると、学童保育に一日も早く申し込んだほうがいいですね。
さらに、学校行事への参加や、家で宿題の面倒を見るなどのサポートも、時間的に難しいかと思います。
支援してもらえる人がいるかどうか
親戚や友人、保育サービスなどの支援がない場合、1人で育児を行うのは非常に大変です。家事のサポートや子どもの送迎など、どうしても誰かに頼ることを考えなければなりません。
夏の場合、「二人でがんばる」ことに重きを置いているようですが、海にも「がんばり」を押し付けることになるので、それでは子どもがかわいそうです。7歳の子どもには、できないことのほうが多いのですから。
父と娘の関係性を作らなければならない
子どもが誕生したときから一緒にいるなら問題はないのですが、母親が亡くなり、7歳になって父親が現れた場合(つまりは、海と夏の場合)、急に「父と娘」になれるものではありません。
信頼関係の構築
:娘が突然父親と生活するようになることで、お互いに信頼関係を築くまでにかなりの時間がかかるでしょう。特に、母親が亡くなった直後の心情を察すると、娘が父親に対して距離を感じることもあります。
海の場合、まだママがすぐそこにいるような気がするので、夏が「水希はもういない」と強調するのがたまらなく寂しく感じています。そして、ママの想い出がたくさんある、小田原の図書館や、おじいちゃん、おばあちゃんがいる家に戻りたくなります(実際に一人で帰っている)。
コミュニケーションの課題
女の子は特に感情を表現することが得意な場合もありますが、父親がそれにうまく応じられず、コミュニケーションが難しくなることがあります。感情や悩みを共有する時間が十分に取れないと、お互いの理解が進まないこともあります。
夏と海の場合も同じで、夏が意図的に「二人で生活する、他の人の助けはいらない」と意固地になることで、海がママ(水希)のことを話すのを、あえて避けています。それが、海の心をひどく傷つけていることに、気が付かないでいるのです。
感情的なサポートができるか
小さい子供にとって、母親がいなくなることは深い喪失感にかられ、なかなか立ち直ることができません。ママの代わりは誰もいないからです。
母親の不在
特に女の子にとって、母親の不在は大きな感情的影響を与えます。娘は母親の代わりに父親に相談することができないですし、その結果、孤独感や不安を抱えることになります。
海の場合、夏にはこれまでのようにママの話ができなくなったので、水希の実家でママからもらった絵本を何回も読むことで、自分を癒しています。
深い喪失感
娘が母親の死に対する悲しみや喪失感をどのように処理するかが問題になってきます。父親もまた、母親の死を乗り越えつつ娘を支える必要があり、両者の感情的な負担が重くのしかかることになります。
海は、夏のアパートにも、おじいちゃんとおばあちゃんの家にも、ママと自分の写真を飾っています。どちらの家にもママがいるように。そして、家に帰るとすぐにママの写真の前に立ち、「ママ、ただいま」と声をかけます。海にとって、ママはいつでもいてくれる存在なのです。海のいつもかけているネックレスには、ママの遺灰も入っています。
生活のリズムや育児の知識不足
夏は、大和という弟がいるだけで、女のきょうだいはいません。ゆえに、女の子がどのような暮らしをしているのかが全く分からないまま大人になりました。
日常的なケア
女の子は、たとえ子どももやることがたくさんあります。髪の手入れ、服選び、衛生面など。そのようなことに、父親はほとんど知識を持たず、経験不足であるため、父も娘も非常に苦労することになります。
海の場合、長い髪の毛をたばねて三つ編みにしたり、編み込みにしたり、かわいいリボンやヘアゴムなど、毎朝やらなければなりません。夏も海ちゃんに「髪の毛やって」と言われ、どうしたら分からずとまどっていました。
夏は弥生さんから教えてもらいましたが、何をやるにつけ、お父さんは誰かから教えてもらわねば何もできないのです。
バランスの取れた食事の準備
大人一人だったら、コンビニの弁当でもいいかもしれませんが、これから成長する子どもにとって、食事は非常に重要なものです。食事の内容によって、健康も成長も決まってきます。
料理が得意で大好き、という父親ならいいですが、夏の場合はたまに弥生さんとパスタを作るぐらいで、あとはスーパーでできあいの総菜を食べることが多かったようです。
毎日仕事から帰ってきて、自炊するのも大変でしょうし、時間がないのがネックになりますし、食事はすぐに負担になってのしかかってくるでしょう。
社会的なサポートと偏見
海は、保育園では「パパがいなくて寂しくないの?」と友達から聞かれました。夏のアパートに引っ越してきてからは「海ちゃん、ママがいないの?」とさっそく下校中に聞かれていました。
学校では母親が出る場面が非常に多く、そんな中、父親は孤立しがちです。ママ同士ではすぐに仲良しになれても(いわゆるママ友)、パパはその中に入っていくのは難しいでしょう。
今の世の中、シングルマザーでもシングルファーザーでも偏見は少なくなってきたとは思いますが、何かにつけて「ママがいないから」できないことが増え、子供にも父親にも、不便なことが出てくるのは間違いありません。
経済的な問題
子どもを育てるのは莫大なお金がかかります。子供が生まれてから大学卒業までにいくらかかるかを、夏もネットで調べてガクゼンとしていました。
学校の学費や習い事など。日常の生活費も、子供が大きくなるにつれて出ていくお金も大きくなります。つまり、家計管理が重要になりますが、夏の場合、稼いだお金はすべて海ちゃんのために使うぐらいの覚悟がないと、とても育てられないでしょう。
お金だけでなく、自分の時間もすべて海ちゃんのために使う、それくらい大変なことなのです。
父と娘の性差に関する問題
お父さんに絶対に分からないことに、「生理」があります。男は経験できないことなので、こればかりはどうしようもありません。
生理的な問題
女の子が成長するに従い、思春期に入ると身体的な変化(例えば、生理など)に直面します。このような問題に対して、父親が適切にサポートできるか、娘が恥ずかしがらずに話せるかという不安が生じる可能性があります。
まず、父親に話すのは恥ずかしいことだと理解しておいたほうがいいです。その時のために、誰か身近に母親代わり、あるいはお姉さんのような人を見つけておくのが賢明です。
海の場合は、おばあちゃんもいますし、弥生さんもいます。彼女たちを全面的に頼って、「こういうのは分からないから、お願い!」とサポートしてもらうのがいいですね。海ちゃんもそのほうが楽でしょう。
夏からシングルファーザーを考える:まとめ
こうしてツラツラと文章を書いてくると、あらためて「シングルファーザーは大変だ」と心が痛みます。シングルマザーも大変なことは大変ですが、娘を育てる場合、生理的なことはすべて教えてあげられますし、洋服やヘアケアなど日常のことも問題なく面倒みてあげられます。
ですが、シングルファーザーの場合、シングルマザーよりは収入があるかもしれませんが、時間がありませんし、娘の心に寄り添うことも難しいでしょう。
夏も、今は「二人でがんばるから大丈夫」と言っていますが、海が一人で小田原に帰ってしまうことで、「このままでは無理」と思ったのではないでしょうか。
夏が住んでいる東京の経堂(きょうどう)から、図書館や祖父母が住んでいる小田原(祖父母の家は富水という駅が最寄り)まで、電車に乗っている時間だけでも1時間半あります。途中、歩いたり、乗り換えたりする時間を考えると、2時間はかかるでしょう。小学校1年生の女の子が2時間もかかる距離を一人で行動するなんて、危なすぎますし、親として失格だと非難されてもおかしくありません。
次回は最終回。おそらく夏は、自分ひとりで海を育てることは無理だと気が付き、まわりに救いを求めると思います。それでこそ、海と夏の幸せにつながるのではないでしょうか。
最終回に期待しましょう。弥生はどうするかな?