加藤茶さんと綾菜さんが結婚したのは2011年。当時は二人の年齢差が「45歳」ということもあり、結婚に踏み切ってからも世間から大バッシングを受けました。
そんな加藤茶・綾菜さんですが、今も仲睦まじく暮らしていらっしゃいます。
綾菜さんは介護資格を取り、加藤茶さんの健康管理に気を遣っていらっしゃる毎日。どんな生活なのでしょうか。加藤茶さんの健康状態も気になります。
この記事では、加藤綾菜さんの「介護生活」について、詳しく解説していきます。
加藤茶・綾菜さん、世間からの大バッシングを乗り越え結婚
もともと、加藤綾菜さんは和食屋さんのアルバイト店員さんでした。そこへお客さんとしてしばしば訪れていたのが加藤茶さんだったのです。
綾菜がんがあまりに美人なので、もともとモデルさんか女優さんだろうと思っていました
加藤茶さんが来店するたびに少しずつ話をするようになった綾菜さん。加藤茶さんへの印象はよかったようです。とても温かく「ありがとう」と言ってくれて、年はとっていても何とも言えないオーラを感じたそうです。
ある日、綾菜さんは加藤茶さんからコースターを渡されました。なんと、裏面に加藤茶さんの電話番号が書いてあったのです。
コースターの裏に何か書いて渡すって、ドラマでは見たことあるけど、本当にそんなことってあるんですね!今だったらLINEの交換でしょうけど…
すぐに電話をかける人もいるでしょうが、慎重な綾菜さんは迷いに迷った末、加藤茶さんに電話をかけます。そして、待ち合わせ場所を決めて会うことになりました。
いよいよ待ち合わせ当日。加藤茶に会いにいくと、なんとそこには加藤さんだけでなく、小野ヤスシさんと、左とん平さんが一緒にいたというのです。
下の写真、左から加藤茶、小野ヤスシ、左とん平。小野ヤスシさんが亡くなる3日前の写真です。今は小野ヤスシさんも左とん平さんも天国に旅立たれましたが、最後まで仲良し3人組でした。
小野ヤスシさんも、左とん平さんも、加藤茶さんのことが心配でついてきたそうです。面白いですよね!
その後、半年間は加藤茶さん、綾菜さんのデートに二人もついてきて、「4人デート」が続いたそうです。
「もう大丈夫だ」と太鼓判を押された綾菜さんは、二人の信頼を勝ち取り、それからは二人でようやくデートをできるようになったとのこと。
それから2年後の2011年にお二人は籍を入れて正式に結婚されました。世間に知られたら批判されるだろうと思い、結婚を知っていたのはごく親しい友人と家族だけでした。
ところが結婚半年後に、週刊誌に二人の結婚がスクープされると同時に、世間が「そんなのはあり得ない」「財産目当て」「絶対におかしい」などの批判メールが大量に事務所に届くようになりました。
綾菜さんも「私もまだ若かったから、服装が派手だったりして、今思うと反省点もたくさんあります」と当時を振り返ります。
綾野さんは「茶さんが嫌われるのではないか」と非常に心配しましたが、茶さんはいつも穏やかで落ち着いていたとのこと。
「大丈夫。10年は忍耐。10年経てば、世間も認めてくれるよ」
茶さんはそういい続けて、綾菜さんを守ってくれました。
加藤茶さん、パーキンソン病で倒れる
世間のバッシングを乗り越え、ようやく落ち着いて結婚生活を送っていたとき。加藤茶さんがパーキンソン病に倒れます。結婚後3年後のことです。
パーキンソン病の初期症状として、手が震える、パソコンのマウスを動かすのが遅い、足がもつれる、文字を書くときうまく書けない、ボタンをかけたり外したりするのが遅いなど、様々なものがあります。
パーキンソン病の症状により、最初は手足の筋肉が痙攣していました。次第にモノを飲み込む筋肉も弱くなり、食事をとるのも苦痛になり、茶さんはどんどん痩せていきました。
医師からは、舞台復帰は難しいと言われまたが、私は、何がなんでも回復させる、という気持ちでいっぱいで、夫の耳元で本や新聞を音読したり、ドリフのビデオを聞かせたり……。
加藤綾菜さんインタビュー:STORY
加藤茶さん、コロナ禍で志村けんさんを失う
綾菜さんの献身的な介護と共に、茶さんも「絶対によくなるから、安心してくれ」と言って、病気と闘いました。ですが、その時の綾菜さんは何の資格もまく、ただ茶さんに尽きそうだけしかできませんでした。
これではだめだと、綾菜さんは学校に通って介護職員初任者研修を受けました。その後、1年以上の入院を経て、茶さんは無事退院しました。
しかし、今度は、コロナ禍で盟友の志村けんさんを失うという、茶さんにとってとてもシヨックなできごとがありました。
綾菜さんは、この先何が起こっても、おろおろしないように、ちゃんとした資格を取ろうと決意。そして、介護福祉士実務者研修も取得しました。 そのころは茶さんはすっかり元気になっていたので、綾野さんは介護施設でボランティアを始めました。
加藤茶さん、腎臓の数値が悪くなる
綾菜さんにとって、介護の仕事は天職でした。「介護の仕事は自分に向いている」と感じた綾菜さん。そんなとき、茶さんの腎臓の数値が悪いことが発覚しました。
腎臓が悪くなると、最終的に「人工透析」になります。透析はどうしても防ぎたいと思った綾菜さんは、病院の先生の指導のもと、減塩食を勉強しました。
減塩食は「味が薄くてまずい」と言うのが特徴です。綾菜さんは、茶さんに少しでもおいしく食べてもらいたくて、専門の先生に相談しながら独自のレシピも開発しました。
そして、加藤綾菜さんは料理本も出版されています。今回、2冊目の本を出されました。すごいですね!
加藤家の食卓 by 加藤綾菜
(加藤家の食卓 医師と栄養士の先生に長生きする食事の作り方を習いに行ってきたレシピ集)
茶さんは、結婚当初は野菜も魚も嫌いだったそうだが、綾菜さんの長年の努力の成果で、今では減塩料理を「おいしい」といって食べてくれるようになりました。その結果、腎臓の数値も平常に戻り、今では毎日綾菜さんの作ったバランスのよい食事を摂る生活を送っています。
上の写真は、結婚14年目(一緒に暮らしてから16年目)のお祝いをお店がしてくださったときのものです。加藤茶さん、若返ってます!
加藤茶さん、綾菜さんの献身的介護で元気生活へ!
綾菜さんと同年代の親戚(女性)が、末期がんの宣告を受けてしまいます。綾菜さんは介護資格を取ったこともあり、彼女のもとに3年半介護に通っています。
旦那さんの介護だけでも大変なのに、親戚の介護に通われるとは、綾菜さんのバイタリティに感服です
親戚の女性は、当初医者から「余命2週間」と宣告されていました。かける言葉も見つからず、非常につらい気持ちになりましたが、現在でもがんばって暮らしているそうです。
綾菜さんは「介護は人生の伴走」だとつくづく思うようになったそうです。
「人生をともに歩む」という決意を持った綾菜さん。もともと、結婚したときから「夫を一生護」と心に決めていました。
そして、親戚の女性を介護することで、何があってもたじろぐことがない、という覚悟が綾菜さんの中で固まりました。
綾菜さんにとって、加藤茶さんはいつでも優しくて、穏やかで、かっこいい存在です。みんなに人気者の「加トちゃん」がお茶の間の皆さんを笑顔に、幸せにする姿を見るのが、綾菜さんにとって一番嬉しい時なのです。
加藤茶さん、綾菜さんと一緒に投票へ!
現在81歳の加藤茶さん、36歳の綾菜さん。お二人は今も元気で、11月13日のインスタグラム投稿で、衆議院議員の投票へ行ったことを報告されています。
2024年元旦は、「ドリフ結成60周年 爆笑大新年会4時間SP」が放送ました。2025年も、「ドリフの加トちゃん」が健在でありますように。そして、私たちに笑いを届けてくれますよう、祈っています。