パリ五輪が始まったと同時に、選手から選手村に関する様々な不満や苦情が聞こえてきました。今はSNSがありますので、いくらでも世界に向かって実情を公表することができます。
特にひどいと言われているのが食事です。食の大国フランスで、いったいなぜこのようなことがおこるのでしょうか?元通訳者として数々の会場設営に関わってきた者として、解説していきます。
パリ五輪の選手村で問題になっていること
まず、漏れ聞こえてくる選手たちの生の声を拾ってみましょう。
「(東京オリンピックの)日本人の組織力は無敵だったんだ。フランスは何かがおかしいと感じた」と断言。3年前にコロナ禍の東京で開催された五輪の選手村との比較もした。(イタリアの競泳、チェッコン選手による投稿)
「ある日、水を飲もうと思ってカップを手に取ったんだ。でも、まだ飲んでいないのに、誰かのリップグロスがカップの縁についていたんだ。これって、清潔なカップのはずなのに、そうじゃなかった。ゼロ点だよ。」(ハイチ代表の陸上選手が証明したTikTokでの7月31日付コメント)
「少なくとも食堂で食べているものは、あまり美味しいとは思わない。フランス料理は間違いなく美味しいと思いますが、食堂で食べているものは最高とは思えません」(7月30日の体操団体でアメリカ女子が金メダルを獲得した後、ある記者が5人の選手たちにインタビューした記事)
1日に5000キロカロリーを摂取するというホレゴ選手は前日の日曜、午前10時半に朝食を取りに食堂へ行ったが、そのときにはもう卵がまったく残っていなかった。「少し遅れて行ったら、もう足りない状態だ」と述べ
食事だけではなく、選手の宿泊する部屋に対するクレームも多く見られます(エアコンがなくて暑くて寝られない、セキュリティーが心配など)。
パリ五輪の食事の失敗の理由
日本人だから日本びいきして言うわけではありませんが、東京オリンピックが開催された直後は、部屋が狭いとか、ベッドが硬いとか、規則が厳しすぎる(外出不可)など、選手からの苦情はありました。
ですが、それらを打ち消すかのように、選手村の食事を絶賛する声がネガティブな意見を打ち消していきました。
選手にとって、食事は100%以上のパフォーマンスを出すための重要な要素です。また、過酷なプレッシャーのもと、食事は唯一の楽しみでもあります。
競技によっては、肉をセーブする選手がいたり、野菜を多く食べる選手もいたり、全員が全員同じ食事を好むわけではありません。チームで管理されている場合もあるでしょう。
ただ、それは選手個人が管理すればよいことです。基本的に、選手村にはなんでも置いていなければなりません。
競技の種類、その国の食事、宗教的に食べられないものなど、世界から集まる選手のことをすべて網羅して考える必要があります。
自分が経営するレストランなら、テーマやポリシーが大事ですし、その線に沿って料理を決めなければなりませんが、オリンピックはその真逆。
パリ五輪の「環境に優しく」「フードロスを無くす」というテーマに沿って選手村の食事内容を決めてしまったのが、大きな間違いでした。
そこが、フランスらしいと言いますか、フランス人らしいと言いますか、彼らはそういう「自分たちのテーマが一番」と思う国民性なんですよね。
開会式の内容にも、その傾向が表れていたことは言うまでもないでしょう。
東京五輪の選手村の食事が成功したわけ
先ほども述べましたが、開会当初は少しのクレームがあったことはありましたが、選手村の食事は今後語り継がれるほど素晴らしい内容でした。
「世界の食博覧会」と言っても大げさではないほど、ありとあらゆる食事が提供されていました。
別に、シェフが作る最高のレシピがそろっているわけではありませんが、とにかく日本の料理は評判が良いのです。特に絶賛されていたのは、餃子でした。提供してみて分かったのですが、餃子って世界の人から人気なんですね。
この餃子、食べたことありますか?私は、冷凍餃子なんてバカにしていたんですが、知り合いが味の素の人間で、いろいろ送ってきてくれたんです。すべて美味しかったですね!特に、この冷凍餃子は水も油も必要ないんです。冷凍のまま、フライパンに並べて焼くだけ。それだけで、絶品の餃子ができあがります。私はこのときから、「日本の冷凍食品は素晴らしい」と太鼓判を押すようになりました。
こういう食事を選手村で提供することは、大きなメリットがあります。人気の料理には大勢の人間が押し寄せますから、当然待ってもらうことになる。でも、冷凍食品ならバイトの子がどんどん焼けますから、時間がかかりません。
結果論ではなく、おそらく日本人は選手村のレストランを考えるとき、ここまで計算していたのです。
他にも、アイスクリームやらお菓子やら、食事以外のものも選手には大好評でした。こういった「簡単なスイーツ」は納品してくれればそこに置くだけです。しかも日本のお菓子はすごく美味しいと定評がありますので、選手たちも喜んでSNSにアップしていました。
欧米人は、すぐに行動するが大雑把
私はこれまで通訳者として様々な仕事を請け負ってきましたが、世界と日本の差を一番感じたのは、会場設営でした。もちろん、日本がダントツでトップという意味です。
日本で国際会議や大きなイベントをやる場合、会場の設営がまず大仕事です。どこに何を置くか、招待客の誘導やお弁当の手配まで、あらゆることを想定しなければ当日必ずミスが出ます。
欧米人がメインとしてやる場合、彼らはすぐに行動します。まず、本番まで2週間あるとします。欧米人は、最初「こうしよう」と大まかに決めて、次の日からどんどん動き始めます。ですから、行動するまでが異常に早い。早いんですが、決定したことが大雑把なので、考え方が違うこともあり、途中で揉めることもしょっちゅうです。
また、すごく早くから動き始めているにも関わらず、前日になっても完成には程遠いこともしょっちゅうです。細かいことを決めていないんですね。
人の流れも適当に決めているので、出入口が大混雑することもよくあります。
私はしょっちゅう「ほら見ろ」と思っていました。通訳はただ通訳するだけなので、意見を言ってはいけないんです。
細やかさや人への優しさが日本は世界一
ところが日本人の場合、同じように本番まで2週間あるとしたら、1週間はずっと会議をしています。動き出しはありません。もちろん、最低限の手配はすでにしてあります。(発注やら、人の手配やら)
会場設営は非常に大変で、重要な作業です。日本人は、まず「何を優先順位とするか」を考えます。そんなことどうでもいいかと思う人がいるなら、それは間違いです。最初に全員で同じ目標、目的を共通意識として持っていないと、後からブレてどうしようもなくなるからです。
さらに、人の流れも重要です。入口と出口を同じにして大混雑されるようなことは、絶対にしません。最初からそれを見越して、入る人と出る人が別の流れでスムーズに動けるように設営します(これは基本です)。
食事ももちろん重要です。日本人のホスピタリティは世界一なので、相手のことをまず調べます。国籍、宗教、年齢、性別などすべて。すべての人が満足できるように、細かく調整します。
お弁当を手渡しするときは、シミュレーションします。ここ渡しても問題ないか。迷惑ではないか。場所的に大丈夫か、もらったお弁当をどうやって持ち運び、どこでどのように食べるかなど。すべて、想像してミスのないようにします。それが相手への思いやりだからです。
欧米人だと、決定的にその見地が抜け落ちています。
日本人は、最後の最後まで考えます。その時点で、男性と女性は同じくらい重要な位置を占めます。男性の場合、大まかな目的や予算など、大筋のことを決めるのが得意です。
ですが、細かいことを決めたり、マルチタスク(一度にいろいろなことを考え、行動すること)が男性は大の苦手なので、それは女性が担当するとうまくいく例が多いですね。
ですので、最後の「細やかさ」「相手への思いやり」などは女性に任せたほうが良いと思いますし、実際にそうしている会社も多いです。
というか、結果的にそうなりますね。男性が「じゃ、これで」と大筋で決めてカンファレンスを終えようとすると、「ちょっと待ってください、この場合はどうするんですか」などと、必ず女性から手が上がります。
男性は「なるほど、その想像はなかった」という感じで、また話し合いが始まるという感じです。
今まで多くの設営を見て来ましたが、だいたい同じですね。日本人は本当に素晴らしい国民だと思います。
おもてなしという意味では、世界一ですね。これは誇ってよいことです。
というころで、フランスは残念でした。パリ五輪の選手村で悲惨な食事を提供される選手の中から「東京はよかったな」というコメントが出るのも分かるような気がしますね。
以上、元通訳が感じていたことを徒然なるままに書いてみました。