「私が母親になるっていう選択肢、あるかな?」弥生が夏に言ったとき、夏はどう思ったんだろう。とまどっていたけれど、ちょっと嬉しそうだった、そんな印象。
さて、第3話はどんな展開になりますか。
すくすく
水希は海の身長を測っていた。「しんちょうきろく」と、海にもわかるように書いてある。
水希:ほら、見て。半年ちょっとで、こんなに!
海:すく、すく?
水希:すく、すく。すくすく、育ってます!
この時の水希、とっても嬉しそう。そして、とてもきれい。子供の成長をただひたすら喜んでいます。いい笑顔!
水希は、「ママを超すのはいつかなあ」と、つぶやいた。
海:夏くん、超せる?
水希:それは無理だろう。
水希はそう言いながら、窓越しに外を見た。泣いているのかもしれない。カーテンの向こうにいる母を、海はじっと見ていた。
このとき海は思っていたのだ。どこにも行かないで、と。だって、今にも消えそうだったから。
海:どこ行くの?
水希:ママの図書館。ごめんね、今日、遅番だから。
悲しそうな海の顔を、水希は手のひらで包んであげた。「いなくならないよ」
「いなくならない」水希は、海をそっと抱きしめてあげた。
「いなくならない、いなくならない」水希は、何度も何度もつぶやいた。
海、夏との会話を楽しむ
夏は海と向きあっていた。
海:給食、全部食べた!
夏:へえ…
海:全部食べた!(夏に別の答えを求めるように)
朱音(あかね)(大竹しのぶ):すごいね。
海は、夏に「へえ」ではなくて、「すごいね」と言ってほしかったのだ。
海は夏に、ランドセルを見せた。青いランドセル。青というよりは、濃紺に近い。
夏:水希が、これにしたの?
海:海に選ばせてくれた。
海はしゃべり疲れたのか、そのうち寝てしまった。
朱音は夏に「夕飯、おうどんでいい?目が覚めて、まだいたら喜ぶから」と、夕飯の準備を始めた。
「様子みるしかないわよ」と朱音。
奥の部屋には水希の祭壇がある。骨壺があるということは、まだ納骨もしていないのだ。つまり、四十九日すら来ていないのだ。悲しみが癒えないのは当たり前だ。
弥生と先輩
弥生は、会社の同僚と先輩の3人で飲みに行った。先輩が、自分の子どもの写真をスマホで見せる。後悔はしていない、だって自分の子どもは超かわいいからね、と先輩。
「産んでごらん。早く結婚しなよ」と、弥生と同僚に言う。
弥生は静かにほほ笑むしかなかった。
女でも軽々しくこういうことを口に出してはいけないよね。相手の人がどんな経験をしてきているか、分からないんだから。
目覚めた海
海が昼寝から起きたとき、夏がまだそこにいて、海はすごく喜んだ。
夏はとまどっていた。「なんで自分が好かれているのか、わからなくて」
朱音:仲がいいのに、理由なんてないのよ。なくていいのよ。
朱音は少しずつ話だした。自分はなかなか子供ができなくて、42歳のときにようやく授かったのが水希だった。その水希は妊娠し、おろす、やっぱり産む、そして一人で育てると、自分には何も相談してくれなかった。
父親に産むことを知らせなかったのは、知らせると選択することができなくなってしまうから。もし産むと知ったら、父親になる選択しかできない人だから。
そういうことだった。
海への誕生日プレゼント
もうすぐ海の7歳の誕生びだと知った弥生は、ネットでプレゼントを模索中だった。だが、何がほしいのかまったくわからない。「お父さんに聞いてみようかな」
夏と弥生は、海の家へ向かった。今日は3人で出かける約束をしている。
弥生が朱音と会うのは、これで二度目だ。最初はアパートに来た海を、朱音が迎えに来たときだった。その時は挨拶すらしていなかった。
夏は「こちら、百瀬さんです」と紹介した。
海の家を訪ね、弥生はさっそく海にプレゼントを渡した。ピンクのイルカのぬいぐるみだ。
「イルカが好きって聞いたから」
「ピンクのイルカ、初めて見た」
朱音は夏に、海の母子手帳と保険証、家の電話番号を書いた紙を渡した。アレルギーはないこと、水筒を持たせたので水分を補給させるように言った。
「練習って言いたくないけど、練習してください。親は子供の何を思って、何を知らなきゃいけないのか」
確かに、夏は海のことをまだ何も知らなかった。
ママの図書館へ
海の希望で、水希が働いていた図書館へ行くことになった。
弥生:図書館でいいの?遊園地とかでもいいんだよ。
海:ママの図書館がいい。
夏:その図書館の近くに住んでたの?水希と二人で?
海;うん!
弥生は、夏が「水希」の名前を言うと、一瞬顔を曇らせた。
図書館までの道
バスを降りると、海は二人と手をつないで歩き始めた。「こっち!」
弥生:どうしよう、これ、写真撮ってほしいやつだ。
夏:あ、撮ろうか。
弥生:違う違う、外野から。
夏:外野?
弥生:3人のこの感じ。絶対あこがれるやつになってる。
朱音の思い
朱音は3人を送り出してから、夫と話していた。
朱音:なんだかちょっと意外だった。案外すんなり受け入れてるっていうか、不思議な人ね。
朱音は、水希の選んだ相手、つまり夏に対して、少しずつ好意的な感情を抱いていた。だが…
「あの子、私お母さんできますって顔してた」
朱音は、弥生に対してはまだ複雑な感情を捨てきれなかった。
図書館にて
海は、勝手知ったる図書館の中を歩いていた。すると、カーテン越しに立っている女性を発見した。
「ママ!」
海が駆け寄ると、それはママではなく、いつも親切に面倒をみてくれる図書館の女性だった。
「あれ、海ちゃん!久しぶり!」
海はがっかりしながらも「こんにちは」とあいさつした。
「津野君!」海は津野君を発見した。
「ちょっと待ってて」津野は言って、読み聞かせの準備をした。
読み聞かせには、海も参加した。後ろで、夏と弥生も聞いていた。
津野君のイライラが最高潮に
津野はイライラしていた。水希の苦労など何も知らずに、亡くなってから突然現れて、父親面する夏のことを内心ではどうしても許せなかった。水希をずっとそばで支え、見てきたからだ。
「彼女さんですか?南雲さんとタイプ違いますね。お二人で育てるんですか?大丈夫ですか?無責任とか言われませんか?」
津野はイライラを夏にぶつけた。夏は「すみません」としか言えなかった。
「母子手帳読みましたか?母子手帳にいろいろ書いてましたよ」
母子手帳
夏は母子手帳を取り出し、ページをめくってみた。ぎっしりと、丁寧に記録されている。
そこへ、海がやってきた。「ママの字だ!」
夏は気づいていた。海は、いつもここでママを待っていたのだ。だから、今日ここに来たかったのだと。
「大丈夫?今日、ママがいないここ、初めて来たでしょ」
夏は、海にせがまれて、母子手帳を読んであげた。
それを後ろからじっと見ている弥生。その弥生に津野が話しかけた。
「疎外感、感じますよね。自分は外野なんだって、自覚しますよね」
弥生はうなずいた。
海、家へ帰る
海は夏の背中で寝てしまった。無事に帰宅した海を、祖父が抱いて中へ連れていった。
朱音:大丈夫だった?
弥生が答えた。「はい、楽しかったです」
明るくこたえた弥生に、驚いた表情の朱音。「楽しかった?」
朱音:あなた、子供産んだこと、ないでしょ?
弥生:ありません。
朱音:大変なの、産むのも、育てるのも。私、悔しいの。そこに水希がいたはずなのに。やっと海とつながれたと思ったのに。
弥生:でも、本当に楽しかったです。ありがとうございました。
二人は南雲家を後にした。
夏のアパートで
今度は、夏のアパートに海が遊びに来た。海は、宿題を弥生とやっている。
夏が「学校楽しい?おばあちゃんちは?」と海に聞くが、弥生はそれを遮るように、「書き取りやっちゃおうね」と海をうながす。
夏には分かっていた。海の元気が本当の元気ではないことを。子供なりに、必死で我慢していることを。夏は続けた。
「なんで元気なふりするの?水希が死んで、悲しいでしょ?泣いたりすればいいのに」
弥生は夏を必死で止めようとする。「そんなことないよね!大丈夫だよ」
夏は弥生の言葉など耳に入らないように、海に語り掛ける。
「元気ぶっても意味ないし、悲しいものは悲しいって、吐き出さないと!」
弥生は「海ちゃん、ごめんね、がんばって元気にしてたんだよね、みんな、ママの代わりに助けてくれるから」と言って海にハンカチを差し出した。海の目には涙がいっぱいたまっていた。
海が突然立ち上がった。弥生が差し出したハンカチを無視して、夏のところに飛び込んでいった。
二人は抱き合って、涙を流した。二人で、泣いた。水希を失った悲しみを分け合うように。
二人のその姿を見て、弥生はただ茫然としていた。
海と夏、二人で会う
夏は会社が早く終わる日、海に会うことにした。
そのことを夏は弥生に伝えた。「今日は一人で行ってくる」
夏は、海に会いたいと朱音に電話した。
「固まったってこと?父親やるって」
まだ固まったわけではなかった。ただ、なるべく時間ができたら、海に会いたいと思った。
海と水希が好きだった場所へ行きたいと、夏は行った。
それは、海。海岸だった。物語の冒頭に、水希と海が二人で歩いていた、あの海岸だ。
海は、夏の持っていたカメラに興味を示した。夏はシャッターの押し方を教えてあげた。今時めずらしい、フィルムカメラだ。
海:夏くん、パパ、やらなくていいよ
夏:パパやるって、何?
海:わかんない
夏:オレもわかんないんだ
海:でも、いなくならないで。ママとパパ、一人ずつしかいないから。
夏:水希の代わりにはなれないけど、一緒にはいられるよ
海:じゃあ、いて
夏:わかった
今日、二人の中でパズルがパチンと合わさった、そんな瞬間だった。