【宙わたる教室】第3話:オポチュニティの轍(わだち)伊東蒼

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藤竹の科学部は、部員が二人になった。岳人とアンジェラだ。あと一人入れば、正式な部として認められる。さて、あと一人は誰なのか。

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目次

プロローグ

名取佳純(伊東蒼)はいつものことながら、朝起きるのが苦手だ。「カスミ!カスミ!」と母が呼ぶ声が聞こえる。

起きていくと、母は出かけるところだった。

「今日から出張だから。円佳(まどか)には言ってある。あなたも少しは円佳のこと、見習いなさいよ。薬飲んでるんでしょ?」

せわしなく出ていく母親をぼーっと見送る佳純。

保健師の佐久間

学校の保健師・佐久間(木村文乃)が「来室ノート」の内容で藤竹に相談があった。

来室ノートとは、保健室に来た誰でもが書き込みができるもので、書いた本人は「名取佳純」だと言うが、文章中の「ハブ」や「ソル」などの文字が気になるという。

名取佳純が保健室登校をするようになってから、かれこれ2か月になる。

もともと 「起立性調節障害」という自律神経の病気で定時制に来たのが佳純だった。無理に起きようとすると頭痛や めまいに襲われる。この病気には特効薬はない。心理的なストレスを減らしてあげるくらいしか、方法がないのが実情だ。

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「火星の人」

藤竹「これ、『火星の人』ですね。ありますよ」

藤竹はそう言って、一冊の本を取り出した。

藤竹「アンディ・ウィアーという人が書いたSF小説です。火星探査にやって来た宇宙飛行士が、アクシデントでたった一人火星に取り残されてしまう話です」

藤竹は続ける。

「どの節も、ログエントリーから始まる日記形式で書かれてます。このノートはその書き方を模したものだと思います。」

佐久間「なるほどね」

藤竹「この『ソル』というのは火星の1日のことです。『ハブ』は 火星の過酷な環境で生きていくための居住施設。『EVA』は 船外活動のことです。外に出るためには 重たい宇宙服を身につけなければいけません。

保健室が学校で唯一、彼女が装備がなくても息ができる場所「ハブ」なのかもしれません。今の彼女にとって教室にいることは、相当な困難を伴うミッションなんでしょう。」

保健室

佳純は、なんとかして教室に入ろうと思ったのだが、中から聞こえてくる明るい笑い声を聞くと、どうしてもドアを開けて入ることができなかった。そして、またいつものように保健室へ出向くのだった。

佳純がまた「来室ノート」を書こうとノートを開くと、そこには誰かの字でこんなことが書いてあった。

「『星を継ぐもの』は傑作ですね。『火星の人』も面白かった。映画版は観ましたか?」

佳純がノートに目をやっていると、保健室のドアが開いた。「な〜んだ佐久間先生いないじゃん。」と、女子生徒の声がする。

同じクラスメイトの真耶(まや)だった。

真耶「あれ? 同じクラスだよね?最近見ないからやめちゃったのかと思ったよ。」

驚く佳純のベッドに平気で腰を下ろして、どんどん話しかける真耶。

真耶「あっそうだ。佳純ちゃんだ。私のこと分かる?松谷(まつたに)真耶。もしかして 最近ずっとここ?」

佳純は決まりが悪くなり、保健室を去ろうとすると真耶が追いかけてきた。

真耶「待って!うちら同類でしょ?私、分かるんだ。」

真耶は佳純に近づき、佳純の手を取り、さっとパーカーの袖をたくしあげた。佳純の腕には、多くのリストカットの跡が残されていた。

佳純「やめて!」

真耶は自分の袖もたくしあげて、佳純にみせた。真耶の腕にも多くのリストカットの跡があった。

真耶「お互い、暑くても半袖は着られないよね」

佳純は途端に息遣いが荒くなった。過呼吸だとすぐに悟った真耶は、佳純にポリ袋を差し出し、この中でゆっくりと息を吸って吐くよう指示した。

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初めての友達

落ち着きを取り戻した佳純は、真耶とベッドに腰かけた。

真耶「私も時々なるんだ。そういう時は、これで一発だよ。本当は、あんまりいいやり方じゃないらしいけど。」

佳純「もう平気、ありがとう」

真耶「やっぱうちら、同類だね。

授業が終わり、佳純は帰宅した。誰もいない家の鍵をあける。部屋に入ってバッグを開けると、「入室ノート」を持ち帰ってしまったことに気づく。先ほどの文章を読み返した佳純は「たぶん、藤竹先生」と確信したようだ。

科学部の実験室にて

科学部では、実験が難航していた。

岳人(たけと)「全然青くねえな」
アンジェラ「う〜ん そうね」

そこへ、藤竹が入ってきた。「たくさん集めましたね」
アンジェラ「そう いろんな場所から取ってきたよ」

藤竹「条件変えて試してみるといいですよ。土の量、粒子の細かさ。主観でいいので記録取っておくといいです」

記録と聞いて、岳人はアンジェラを見る。「記録。え?私?無理無理」アンジェラは言うが、なんだか楽しそうだ。

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入室ノートの返事

教務員室に戻ると、藤竹の机に「入室ノート」が置いてあった。藤竹の「火星の人は観ましたか?」という問いに、小さく「yes」と書いてあった。

佳純からの返事だった。

次の日、佳純は足取り軽く保健室に入っていった。ノートが置いてあった。

「もし火星に興味があるんだったら、一度科学準備室に来てみませんか? 藤竹」

ノートに書いてある文章を読み、佳純の心にホッと光が差したようだった。

真耶が入ってきた。「先生、ダルくて死にそう。ちょっと休んでっていい?」

佐久間「1時間だけだよ」

真耶が佳純のべっどのカーテンを開けた。「やっぱりいた!」

佐久間「松谷さん、人に構う元気があるなら教室に戻りなさい」

真耶「ちょっと挨拶しただけじゃん」

ふてくされてカーテンを閉めて自分のベッドに寝にいった真耶を、佐久間は何かを察するようにじっと見つめていた。

真耶から誘惑のメール

隣のベッドに寝た真耶は、カーテン越しに佳純にメッセージを送ってきた。

「今度一緒にリスカしない?」

そして、真耶は自分のリストカット(アームカットも)の写真を佳純に送ってきた。

佳純が「グロいよ」と送ると、真耶の返事は「なんで?これのおかげでどうにか生きてられるんじゃん。佳純も同じでしょ?」だった。

佳純は思い出していた。どうしても朝起きられなかった日のこと。部屋の向こうでは、母が「佳純!佳純!」と怒鳴る声。自分はベッドの中で「消えたい リスカ」と検索していたことを。

科学準備室

佳純が保健室から出ようとしたとき、すでに真耶は帰っていた。佳純が「入室ノート」を差し出すと、佐久間が言った。「行ってみたら?藤竹先生、物理準備室で科学の同好会?みたいなのやってるんだって。もし興味あったら のぞいてみるだけでも。この学校に もう一か所ぐらい、『ハブ』ってやつがあってもいいんじゃない?」

「ハブ」は、自分の居場所のことだ。

佳純の足は、いつの間にか科学準備室へ向かっていた。

佳純が入ろうかどうしようか迷っていると、アンジェラが「先生!お客さんよ」とドアを開けた。

藤竹「来てくれたんですね。一年の名取さんです」と、アンジェラと岳人に紹介した。

「柳田くんと越川さん。2人とも2年生です。」

教室の前に立っている佳純を、真耶が悔しそうにじっと見ていた。

藤竹「今 火星の夕焼けを再現してるんですよ。火星の夕焼けは 青いんですよ。」

佳純はどうしても中に入ることができず、立ち去ってしまった。

「いいのかよ?」と藤竹に投げかける岳人。

藤竹「まあ、いきなりは難しいでしょう」

岳人は、教室に貼ってある火星の写真を見ながら言った。「てかさぁ、火星って何でこんな色なんだよ?赤っつうか 茶色っつうか。」

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佳純と円佳

佳純が高校に行こうと家を出ると、ちょうど全日制の高校から円佳が帰ってくるところだった。

「おかえり」佳純がそう言って立ち去った。円佳は佳純のほうをじっと見ていた。

佳純がいつものように保健室に投稿し、入室ノートを開くと、一枚の写真が床に落ちた。それをじっと見つめる佳純。この写真はなんだろう?

そのとき、カーテンがガラっと開けられた。真耶が立っていた。真耶は小声で言った。

「ねえ 頼んだもの持ってきてくれた?」

佳純はうなずき、バッグから薬を取り出した。「でも、本当にいいのかな?」

真耶は佳純の手から薬を奪い取り、「あっやっぱり。これ、私ものんでたやつだ」と嬉しそうに言った。「ありがとね、ほんと助かった。最近病院行けてなくてさ。お金も稼がなきゃなんないし」

佳純「バイト?」
真耶「まあ、いろいろ。どうせ稼いでも母親に全部取られるんだけどね。パチンコにとかすんだよ。取り返そうとしたら母親の彼氏にめっちゃ殴られるしさ。マジ意味分かんないよね。」

佳純がそっとうなずくと、真耶が続ける。

「ねえ、今日一緒に帰ろうよ。いいとこあるんだ。 帰りに寄ってこ?佳純も気に入ると思うんだよね」

佳純がどうしようか迷っていると、真耶が言った。

「また行くの?物理準備室。行かないでよ。一人にしないで。寂しいじゃん」

そこへ、外から佐久間が声をかけた。「松谷さん?何してるの?」

そそくさと帰る真耶の後姿を、いぶかしそうに見る佐久間だった。

錆びた鉄材とオポチュニティ

岳人が道を歩いていると、ふと目にしたのが鉄の角材だった。指をこすりつけてみると、錆(さび)が指についた。岳人は何かを思いついたようだ。

放課後、佳純はまた物理準備室をのぞいてみた。藤竹が一人で物書きをしていた。

佳純は教室に入り、机の上のものを眺めて言った。「これで火星の夕焼けを作るんですか?」

藤竹「映画は観たんですよね?映画にも夕焼けのシーンはありましたけど空の色はオレンジでした。でも、実際の火星の夕焼けは、こんな感じです。」藤竹は佳純にタブレットを見せる。そこには青い夕焼けが映っていた。

藤竹「火星の大気は極めて薄いんですけど、そのかわり風で巻き上げられた大量の塵(ちり)が含まれています。その塵のせいで青い夕焼けの空になるんです。」

今、実験室でいろいろな土で試しているところだ。

佳純は、入室ノートに挟まれていた写真を藤竹に見せた。「それは、オポチュニティが撮りました。NASA火星探査車です。これです」

「オポチュニティは、火星に生命がはぐくまれる環境があるかどうかを確かめることだったんです。想定していた期間は3か月。だけど、砂だまりにはまったり、車輪をひとつ無くしたり、気付けば15年。大規模な砂嵐で通信が途絶えてしまう、その時まで」

「その写真は、オポチュニティが一人来た道を振り返って撮ったものです。」

佳純は写真をじっと見つめていた。

「あんた、このままだと人生詰むよ」

佳純は家に帰って、パソコンでオポチュニティのことを調べていた。

「遠い星に、ひとりぼっち」

佳純は、オポチュニティと自分を重ね合わせていた。オポチュニティの気持ちが分かるようだった。

自分が以前リストカットしたとき、母も姉の円佳も、助けてはくれなかった。円佳には「あんた、このままだと人生詰むよ」と言われた。

そんなことを思い出していたとき、真耶からメッセージが届いた。遊びの誘いだ。佳純は曖昧な返事をしておいた。

次の日、学校で藤竹とアンジェラに「今日ね、新兵器があるの!」「柳田くんが、水槽を持ってきてくれたんです」

アンジェラ「よかったら一緒に行こうよ!どうなるか楽しみじゃない?」

佳純が返答に困っていると、向こうから「どうしたんだよ、おい!」という岳人の声が聞こえてきた。

3人があわてて声のほうへ向かうと、岳人が倒れている女性のそばにいる。

倒れているのは、真耶だった。

藤竹「大丈夫ですか?佐久間先生を早く!救急車!」

佳純は倒れている真耶を見て、過呼吸を起こしていた。自分のせいなのか?自分が誘いを断ったからこうなったのか?

オーバードーズ

佳純は準備室にすわり、アンジェラと共に休んでいた。幸い、真耶の傷は浅かったそうだ。

藤竹「ただ、薬を大量にのんでいたそうです。オーバードーズの状態だったって」

佳純は、自分が渡した薬のせいだと直感していた。佳純はすぐに、そのことを佐久間に報告した。

佳純が保健室で寝ていると、真耶が「佳純!佳純!」と起こした。「ね、知ってる?薬飲んでリスカすると、めっちゃ気持ちいいの!今から一緒にやろう!」

「ダメだよ、そんな」

拒否する佳純に、無理矢理飲ませようとする真耶。そのときカーテンが開いて、佐久間先生が入ってきた。「やめなさい!」

「出ていきなさい、今すぐ。他人を危険にさらすなら、あなたの居場所はもうここにはない」

佳純の顔は恐怖でひきつっていた。

真耶「だったら死んでやるよ!」と言い残して出ていく真耶。佳純は、真耶が本当に死んじゃうかもしれないと佐久間に訴えた。佐久間は答えた。

「松谷真耶は死なない。ああでもしないと、自分に関心を持ってもらえないと思ってる。これ以上彼女の揺さぶりに反応してしまったら、そのやり方をやめられなくなる。彼女はあなたの命を危険にさらした。だから私はあなたを助ける。自分を救おうとする人間しか私は手助けできない」

それでも真耶が心配な佳純は、保健室を飛び出した。佳純に出くわした藤竹は、佐久間にいきさつを尋ねた。

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佐久間の告白

佐久間「ずっと救命救急の現場で看護師をしてたの。やりがいのある仕事だったけどハードな毎日で体を壊しちゃって。それで養護教諭の資格を取って定時制高校で働き始めた。

初めて赴任した高校でもいつも保健室に来る2人の生徒がいた。一人は、いわゆるトラブルメーカー。もう一人は、ほとんどしゃべらないおとなしい子だった。

トラブルメーカーのほうは児童養護施設出身の子でね。同棲てる彼氏からDVを受けてるって、いつも体のどこかにあざがあった。だから、彼女に同情してつい踏み込みすぎた。」

藤竹「彼女に何かあったんですか?」

佐久間「何かあったのは、もう一人の子のほう。本当に命を絶ってしまったのは、おとなしい子のほうだった。トラブルメーカーの子に気を取られて、彼女が保健室に姿を見せてないことに気が付かなかった。

それからずっと考えてる。誰を救えて、誰を救えないのか…。結局ここでも、救急の時と同じことをしてるんじゃないかって。

でも、あの時よりもっとキツいのはね、どれだけ経験を積んでも、正解なんてまるで分からないってこと」

客引き

佳純は真耶を探すために、繁華街を歩き回っていた。すると、怪しげな店の前で客引きに誘われ、店に連れ込まれそうになった。そのとき、たまたま通りかかった岳人に助けられた。

佳純は、もう探すのやめろと止める岳人の腕を振り払い、また繁華街を走り続けた。

すると、道ばたに座って友達と楽しそうに話している真耶を見つけた。よかった!「松谷さん!」佳純は呼びかけた。

佳純が真耶に「帰ろう!」と言うと、真耶は答えた。

「私には帰る場所なんてないの。学校にも居場所なくなったし。全部あんたのせい!あんたなんか助けなきゃよかった」

立ち去る真耶を、呆然と見送る佳純。

家に帰っていない佳純

夜も遅くなってきた。教員室では、藤竹と木内が帰ろうとしていたそのとき、佐久間が飛び込んできた。「藤竹先生!名取さんが、まだ家に帰っていないみたいで」

藤竹と木内は顔を見合わせ、3人で繁華街を探し始めた。佳純はどこにもいない。そこへ、柳田岳人も合流した。

岳人「まさかあいつ、変な事考えてねえよな」

佳純はビルの屋上で考え事をしていた。そこへ藤竹がやってきた。

藤竹「こんな都会でも、案外見えるものなんですね」

佳純「どうしてここが分かったんですか?」

藤竹は、入室ノートを手に持っていた。「エントリーログを、見返してみたんですよ」

「そしたら、1日だけ『EVA(船外活動)あり』の日がありました。でもその日名取さん、教室に行ってない。思い出したんです。あの日は満月がとてもきれいな夜だった。ここもハブだったんですね。」

佳純「父は、天体観測が好きでした。子どもの頃、よく父と2人で夜空を見ました。寝袋しいて。楽しかった。離婚してからは一度も会ってないけど」

藤竹は、遠くの赤い点を指さして言った。「見えます?あれが火星です」

佳純「あそこに今も、壊れたままのオポチュニティがいるんですね。寂しいだろうな」

藤竹「そうですか?ボクはそうは思わないです。オポチュニティの活動限界は3か月って言われてました。15年ももったのは想定外の幸運が重なったこともあるけど、それだけじゃない。オポチュニティができるだけ長く旅を続けられるように、スタッフたちはあらゆる努力をした。

彼らも一緒に、長い旅を続けていたんです。8か月通信が途絶えたオポチュニティに最後のコンタクトを取った日、ミッションに関わった大勢のチームメンバーが集まった。短い信号を4回発信してやっぱり反応なし。

マネージャーが「15年の任務ご苦労さま」そう言って ミッション終了を宣言した時みんなで泣いたそうです。火星の荒野で たった一人ぼっち。オポチュニティの轍(わだち)を孤独の象徴と捉える人もいるかもしれない。でも僕には 少しでも前に進もうって懸命に生きた証しに思えるんですよ。」

生きていてよかった

「名取さん!」すごい勢いで屋上のドアが開いて、佐久間が駆け寄ってきた。英語の木内と岳人も一緒だ。

「ごめんなさい」佳純が謝ると、佐久間は思い切り佳純を抱きしめた。

「よかった、よかった!」佐久間は心の底から安堵していた。本当に生きていてよかった。

火星の夕焼け

次の日、佳純は科学準備室に向かった。中からは、「見とけよ」「でも、ペットボトルで」「絶対うまくいくから」など、岳人とアンジェラの興奮している声が聞こえてくる。

教室に入ってきた佳純を二人は暖かく迎えた。

岳人は「酸化鉄」を準備していた。「赤さびの色見てピンと来たんだよ。火星の色と一緒だって」

藤竹「よく気づきましたね。火星が赤いのは酸化鉄が原因って言われてますよ」

岳人とアンジェラはさっそく準備に取り掛かる。

佳純は二人の様子を見ながら、藤竹に話しかける。

「あの水槽って火星の大気に見立ててるんですよね?だったら、酸化鉄だけじゃなくてほかの物質も混ぜたほうが火星の大気に近づくんじゃないかなって」

そう言って、佳純はみんなにスマホの画面を見せた。「あの、これ」

「アメリカの研究チームが、火星の土を人工的に作って販売してるんですけど。主な成分は酸化鉄なんですけど、そのほかにもさまざまな鉱物の粒子が混じってるみたいなんです」

「そうなの?」と岳人。佳純は藤竹のほうを向いて話した。

「火星の人を読み返したんです。主人公は植物学者。火星の土を使ってハブの中でジャガイモを育ててて。火星の土ってどんなものなんだろうって思って」

藤竹「すばらしいです」

アンジェラ「これを使えば完璧ね!」

佳純「この土を買おうというんじゃなくて、この土に似たものを、自分たちで作ってみてはどうかと思って」

藤竹「近いものは作れると思いますよ。二酸化ケイ素は校庭の砂場に行けば手に入るし、酸化カルシウムは乾燥剤なんかに使われている成分です」

アンジェラと岳人は手分けしてそれらの成分を探しに行った。

藤竹は、一冊のノートを佳純に渡した。「このノートに、実験の記録をつけてくれませんか?ほかにも、気付いたことや思ったこと何でも書いて下さい。あとで振り返った時、このノートが科学部の轍(わだち)になるように」

佳純は「はい」と答えた。科学部3人目の入部、決定だ。

いよいよ実験の準備が整った。火星の夕焼けの再現実験だ。「せーの!」藤竹が水槽の向こう側から光を当てる。すると、こちらでは青に光っているではないか。

実験成功だ。

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