「大人になったら犯人探してさ、3人でぶっ殺そうな」
レシピは真似したが
「私は殺してない」
「そんなことないだろ。レシピを盗んだくせに」
「いや、レシピは盗んでない。買ったと言ってるんだ。」
「あの日、お母さんは金策に走り回っていたんだ。お母さんが、コンビニのコピー機を操作していたという証言もある。そのノートをコピーしていたんじゃないかな。」
功一「そういえばあの夜、母さんはちょっと泣いてた。テーブルに、ノートと紙が置いてあった。お母さん、悔しかったと思う。お父さんのレシピを売ることになって。」
戸神政行は、50万でレシピを売ることにした。金は届いていた。あとで、政行が取りに来ることになっていた。
言われたとおり、裏口に回った政行は、別の誰かが家に入るのを見た。そのうち雨が上がり、男が出ていった。入れ替わりに政行が入ると、両親が死んでいるのが見えた。逃げ出そうとしたそのとき、レシピのコピーがあったので、それを持って逃げた。傘はそのときに忘れたのだろう。
政行はどうしても、レシピが欲しかった。ずっと後ろめたい気持ちだった。だから、各店のオーナーに、オリジナルのハヤシライスを作らせたのだった。
政行はあらためて土下座した。自分の利益のために、真実を隠し続けてきた。本当に申し訳ない、と。
その話、信じられるか?
殺人現場からレシピのコピーだけ持ち去ったなどという都合のいい話、簡単に信じられるだろうか。
政行は続けた。
「あそこにあった傘は、確かに私の傘です。でも、違う。私は間違えたんだ。私が帰るとき、傘は確かに持ち帰った。だが、別の傘を持ち帰ってしまったんだ。そのことに気づいたのは、アリアケを出てからずいぶん経ったころだった。男が入っていくときは、傘を持っていた。だが、出ていくときに、男は傘を持っていなかった。忘れたんでしょう。雨が上がっていましたからね。」
政行は一本の傘を手渡した。
「こうなる前に、名乗り出るべきだった。いずれ警察が来ることは覚悟していました。だけど、14年間、警察は来なかった。調べてみれば、柄の部分に犯人の指紋が残っているはずです。」
萩村が言った。「あなたの話には矛盾があります。それならば、現場に残っている傘に、あなたの指紋が残っているはずです。ですが、傘からは指紋は検出されなかった。指紋は、意図的に拭き取られていたのです。」
刑事は、この傘をすぐに持ち帰ることにした。
だが、功一には何か思い当たる節があったようだ。手が震えていた。
傘の謎
功一が刑事たちを追いかけた。「柏原さん、ちょっと話があるんですけど。できれば二人で話したいんですけど。」
功一と柏原は、歩き続けた。二人は屋上に来た。
「事件が解決したら、引退するって言ってましたよね。」
「ああ、そのつもりだよ。」
「引退したらどうするんですか?ゴルフは?」
「いや、もうやめたよ。」
「でも、あの頃よくやってましたよね。ヒマがあればすぐ素振りしてたじゃないですか。おれ、見てたんですよ。柄の部分に細かい傷がいっぱいついちゃうでしょうね。さっきのビニール傘みたいに。」
「俺たちが帰ってきたとき、戸神さんは出ていった。戸神さんの言うことが本当なら、戸神さんの帰った後に、戸神さんのおいてった傘の指紋を拭きとったんです。そんなことできる人間は限られてる。」
「警察官なら、可能っていうわけか」柏原は言った。
「ここからは推測です。犯人は考えました。事件の一報が入ったら、誰よりも早く駆け付けてすぐに指紋を消してしまおうと。子供たちの目を盗んで、犯人は指紋を拭きとりました。でも、ここで大きなミスをしてるんですよ。ゴルフの素振りをしているところを、子供に見られたんです。」
検出された指紋
萩村から電話があり、これから傘を鑑識に回すという。柏原は、ひとつだけ頼みがあると萩村に言った。
萩村は、柏原から言われた引き出しを開けて、封筒を見つけた。「萩村様」と書いてある。急いで封を開けると、柏原が有明夫妻を殺したという報告書が入っていた。
「嘘だろ…」
「いつかこういう日が来ると思ったよ。気味たちを施設に送ったその日から、君たちにいつか追いつめられる日が来ると。」
「なぜ殺したの?なんで殺したんだよ!」
「理由は簡単だよ。俺が悪い人間だから。悪くて弱い人間だから。」
殺人の理由
「金だ。オレには金が必要だった。君の家には、200万という金があった。ノミ屋の返済にあてるための金だったが、実際はその倍の借金があった。困ったお父さんがオレに泣きついてきた。刑事だからヤクザに顔が利くと思ったらしい。オレはお父さんにこう言った。その200万をオレに預けてくれ。それで、ノミ屋に返済を待ってくれるように交渉してやるって。
その金を受け取りに行ったんだ。ちょうど君たちが星を見に行っている時間だ。約束どおり、オレは200万を預かった。そして、こう切り出したんだ。この金を、オレに貸してくれないかって。この金を預けてくれれば、ノミ屋を摘発してやるし、やつらに金は渡らない。」
だが、そんなことはダメだ、じゃあ、金を返せということになった。どうしても金が欲しい柏原は、金を返そうとしなかった。そこで、幸博と柏原はもみ合いになった。幸博は包丁を握り、金を置けと柏原に言った。
金の取り合いになり、柏原は包丁で二人を刺した。
柏原の息子は病気だった。その手術のための金だった。そのまま柏原は金を奪って、裏口から出た。急いで署に戻った。
それが柏原の告白だった。
拳銃
柏原は拳銃を功一に向けた。「ごめんな、功一。オレみたいな人間になるなよ。」
柏原は拳銃を自分に向けた。パトカーがサイレンを鳴らしながら、二人のいる屋上へ向かっていた。
拳銃の音が一発。
屋上では、功一が拳銃を持って立っていた。柏原は倒れていた。
「教えてくれよ。息子が死んだあと、オレらに近づいて、あんた何がしたかったんだよ。」
「いたかったんだ。オレは、君たちと一緒にいたかったんだ。それだけだ。」
「なんであんたなんだよ。がんばって生きてきて、せっかく信用できる大人が見つかったと思ったのに。なんであんたなんだよ。」
柏原は土下座して謝罪した。「本当にすまないことをした。」
夜空には星が流れていた。
「あんたには、生きてもらう。生きて、罪償って、オレたちがこれからどうやって生きていくかを見続けてもらう。死んで終わりなんて虫が良すぎるよ。どんなにつらくても、死ぬより辛くても、ただ生きてもらう。いいな。」
3人の今後
泰輔は、自首すると言う。これまでの詐欺の罪だ。それなら、じぶんも自首すると言う。問題はしーだ。あいつだけは俺たちが守ってやらないと。
二人は詐欺を働こうとしたことを、行成に言った。静奈のことを、説得してもらえないかと頼んだ。妹は、あんたに惚れてるんだから。
行成は自信がなかった。彼女と自分に、それほど強い結びつきがあるのだろうか。彼女のことは好きだけれど。自分に、あなたたちの代わりが務まるかどうか。
静奈への告白
麻布店オープン前日。行成は特別に静奈を招待した。
これから、行成は静奈を、ゼロから知ることになる。彼は静奈に指輪を渡した。その指輪は、泰輔がだまして行成に買わせるはずのものだった。
「宝石商の春日井さんから買ったんです。これをあなたにプレゼントするために、買わせたんでしょ?」
つまり、このニセモノの指輪を1000万で買って、そのお金で功一と泰輔はそれまで詐欺を働いていたひとたちに返金していたのだ。もちろん、金は一生かかっても返すつもりだ。
静奈の目から大粒の涙がこぼれた。
出所
裁判ののち、泰輔には執行猶予の判決が下ったが、主犯格の功一には実刑年の判決が下った。
出所の日が来た。功一は横須賀に戻ってきた。
戸神はありあけの店を買い取ってくれた。出所の前に、戸神は静奈へ手紙を書いた。もし自分を受け入れてくれるなら、入口に目印を。なんでもいい。ポストイットでも。
功一が見ると。店の前にお札が山ほど貼られていた。サギさんの仕業だった。
「おかえり、おにい。」「なんだ兄貴、出てくるなら知らせてくれればよかったのに。手伝ってよ、全然このとおりにならない。」
功一はさっそくハヤシライスを作り始めた。
店は繁盛した。満席の店に、花束を持って行成が入ってきた。
「じゃあ、ご主人、ハヤシライス。」
「終わっちゃいましたね。」