端島炭鉱の火災で、一酸化中毒で命を落とした進平(斎藤工)。妻・リナと息子・誠が残され、この先どうやって生きて行けばよいのか。
とりあえず、端島は「一島一家」の考え方で、みんなで家族のように助け合う共存共栄のシステムが出来上がっていたので、端島にいる限りは安全だった。
だが、その端島も炭鉱が閉鎖されて以来、閉山の危機が取りざたされている。リナと誠の運命やいかに。
誠の病気でいろいろ明らかになる
一歳の誠の身体の調子が思わしくなかった。島の病院では詳しいことが分からず、長崎の病院で診てもらうことになった。
すでに父親の進平は他界しているので、弟である鉄平がリナと誠に付き添うことになった。
幸い誠の病状は大したことがなかったが、診療後の会計で、健康保険証を見せてくれと言われ、リナがとまどった。
「健康保険証が、ないんです」
驚いた鉄平だが、「端島は医療費がタダなので、入ってないんですよ」とフォローする。
受付の人が「では、役所で届けを出して、健康保険証を作ってきてください」と言われると、さらにうろたえたリナhが「お金ならあります!お願いします!」と札束が大量に入った風呂敷を開けて見せる。
「でも、規則ですので」と言われ、「役所に行って届け出をしよう」とリナを促す鉄平。
出生届けを出していなかった誠
普通、人が誕生すると、2週間以内に役所に「出生届け」というものを出すことになっています。
その時に必要なものは、病院が出してくれる「出生証明書」、そして母子手帳、自治体によっては親の身分証など。とにかく日本は書類が多すぎるのが問題です。
ただ、端島は日本の役所の手が及ばない、「鎖国」的な部分がありましたので、実際に端島にどんな人間が住んでいるのかは正確な記録はなかったと思われます。
もちろん、一島一家ですので、島の住人がどこで何をしているかなど、すぐに噂は広まります。ですが、個々の戸籍などは調べようもなく、かなり緩い管理体制だったのでしょう。
リナという名前も偽名
リナは、福岡の「フロリダ」というバーで働いていた過去があり、そこで出会った男と駆け落ちすることになっていました。約束の場所に行ってみると男は血だらけですでに息絶えていました。リナは店の金を持ち逃げし、一人で端島に渡ってきました。
端島なら誰も自分を知らないし、追手もここまでは来ないだろう。そんな思いは見事に打ち砕かれ、バーから「リナを消せ」という命令を下された、鉄砲玉の役目の小鉄が島にやってきました。海辺に追い込まれたリナが小鉄にピストルで撃たれようとしたとき、鉄平が救いの手を差し伸べ、小鉄の手から滑りおちたピストルで迷いもなく小鉄を打ち抜き、小鉄はそのまま海に沈んでいきました。
秘密を抱えた二人でしたが、その後赤ちゃんを授かり、そのまま同居・結婚という形になりました。
本来でしたら婚姻届けを出して正式な結婚となるはずですが、鉄平は前の奥さんが亡くなってからも戸籍をそのままにしていました。
奥さんが亡くなった場合は、「除籍届け」というものを役所に届けるのですが、それもしていなかった鉄平は、リナと「内縁の妻」という関係になります。
戸籍を取りに行けないリナ
リナの本籍がどこにあるのかは分かりませんが、福岡ということは確かでしょう。当時はもちろんインターネットなどありませんから、自分の戸籍や住民票を移す時は、必ず自ら役所に出向かなければなりませんでした。
ですが、店の金を持ち逃げして追われる身のリナが、福岡の街を歩けるはずがありません。
結婚する際にはお互いの「戸籍謄本」が必要ですが、リナは役所に行って自分の戸籍謄本を取りに行くことすらできませんでした。
鉄平が元妻の除籍届けを出して、晴れて「独り身」になったとしても、リナの戸籍謄本がないことには、二人の婚姻届けが出せません。
婚姻届けが出せないということは、リナは旧姓のまま。「荒木」の姓にはなれないのです。
ですから、そのすき間を埋めるように、鉄平は最後の時まで「荒木リナ」と呼んでいたのです。「大丈夫、なんとかなる、君はもう荒木リナなんだから」と自分に言い聞かせるように。
鉄平の両親に子どもができたことを報告し、両親が大層喜んでいた顔を見て、リナは後から「なんだかお父さんとお母さんをだましているようで悪い気がする」と言ったことを思い出します。
役所に届け出ないとどうなる、誠
婚姻届けを出していなくても、子どもは産めます。今でも、父親がいなくても、シングルマザーとして一人で産み、一人で育てている母親はたくさんいます。
その際、子どもは母親の姓を名乗ればいいのですが、少なくとも「出生届け」を役所に出して、名前と共に戸籍を登録することになります。
それも役所に行く必要がありますが、役所に行けないリナは子どもの出生届けをそもそも出すことができません。つまり、誠は「戸籍がない」状態になります。
日本は、戸籍がないと生きていくことができません。住民票も戸籍があるから作れるわけです。
役所に「荒木一郎」という戸籍が登録されてから、健康保険に入ったり、小学校入学前は入学のお知らせが教育委員会から届いたり、予防接種のお知らせなども来るわけです。
生まれてすぐの場合は、戸籍など無くても大丈夫(とも言えませんが)ですが、いざ病気になると、真っ先に必要なのが保険証です。
病院の受付の人が、「すぐにでも役所へ行って届け出をしてください」と言ったのもそのためです。
真実を知った鉄平
鉄平は、その時に初めて「婚姻届けを出していなかった」事実を知ります。
前回の予告には「兄貴は、してはいけないことをした」という鉄平のセリフがありました。今回はなぜかそのセリフはありませんでしたが、婚姻届けを出していなかったことを指すものだと思われます。
鉄平も、「そのうちに何とかする」とリナに言っていたそうですし、それは本心だと思いますが、鉄平が亡くなってしまった後は、何をしても遅すぎます。
リナも誠も、宙ぶらりんの人として生きていくことになります。
もちろん、鉄平の両親も、婚姻届けを当然出しているものと信じていることでしょう。だからこその、「リナと結婚しなさい」と鉄平に言うくだりがあります。
昔は、例えば戦争で兄が亡くなった場合、残されたお嫁さんと、弟が結婚することはよくありました。
ですので、鉄平が兄の進平亡きあと、兄のお嫁さんと結婚することは至極自然な流れでもあったわけです。
しかし、今回はそうはいきません。何しろリナは進平と婚姻届けを出していませんから、荒木の姓ではない。誠にも戸籍がない。リナは自分の戸籍を取りに行けない。
そんな複雑な事情があるのです。
自分の戸籍謄本がある役所に二度と行けないリナは、隠れるように生きていけない人生を送るしかありません。
そんな悲しさが、鉄平と朝子の運命を大きく変えることになります。