ドラマ「極悪女王」の視聴者誰もが真っ先に憎む相手がいる。松本香(後のダンプ松本)の父親、松本五郎だ。本当に「ごくつぶし」を絵に描いたような男。
実際、ダンプは父親を憎み続けたので、親子の関係も「実話」である。だが最後、五郎は「許される」存在になっていた。なぜか?
この記事では、父親が原因で「松本香」から「ダンプ松本」へと変貌していった過程、さらに松本五郎を演じた野中隆光について解説する。
実在した飲んだくれの父親「松本五郎」
ダンプが生まれたのは1960年。松本家の長女として生まれたのが松本香(後にダンプ)。妹とは3歳離れている。四畳半一間のアパートに親子4人で生活していたという。
ここからはダンプ松本のインタビューから抜粋する。
「うちは父親がダメだったからね。定職にもつかず、酒、バクチ、女…遊びの限りを尽くして、一年中ほとんど家に帰って来なかったんだよね。家にお金も入れてくれないし。だから母が座布団やかけ布団の綿を詰める内職をして家計を支えて、あとアパートの管理人だったから家賃がタダだったから何とか生活できたんだと思う。
自分が小学校に入る頃には母は近所の工場に勤務するようになったから、家計は何とかましになったけどね。父親なんていなくなってしまえばいいとずっと思っていた。たまに家に帰って来ても酔っ払って母に苦労をかけるだけだったし、憎悪の対象でしかなかった。
大好きな母を苦しめるこの男をどうにかしてやりたい。殺してやりたいと思うほど憎んでいたからね。そのためには自分が強くなるしかないと思った」
まさに、ドラマは実際の話を忠実に再現している。ドラマの五郎もひどいものだ。ほとんど女の家に入りびたり、生まれた子供に「香」という名前までつけている。たまに帰ってくると思ったら金を無心するだけ。子供の給食費を奪い取るというありさま。
ドラマでは、母(里子)が香に「クラッシュ・ギャルズのサインをもらってきてくれない?工場の人たちがファンなので」と頼み込む。香がサインを母に渡すと、母はそれを五郎に渡していた。
五郎は「いつでもクラッシュ・ギャルズに会わせてやる」という触れ込みでサインを売りさばき、なかなかクラッシュ・ギャルズに会えないファンたちの苦情が女子プロの会社に寄せられる。怒った社長が香に「なんとかしろ」と怒鳴りつけ、家に帰った香が父ともみ合いになり、二階の壁を破ってトラックの荷台に落ちてしまう。
その時だった。怒りに狂った松本香は、ダンプ松本へと変貌した瞬間だ。
父は、ダンプ松本の生みの親と言ってもいいかもしれない。それまでヒールになりきれなかった香は、それから数日後に女子プロへ戻ってきたとき、完全に悪役に振り切っていた。
五郎危篤の報せを受けて
父と絶縁してから、ダンプ松本は家に戻ることもなく、ヒールとしてトップに上り詰めていた。一方、五郎の病気が分かり、病院の先生から「酒をやめないといつ脳梗塞で倒れてもおかしくない」と宣言される。
親というのは哀れな存在である。五郎の場合、子供が小さいときは絶対的な存在として上に立ち、老いて病気をすると突然力が弱くなり、子供との立場が逆転する。この五郎がまさにそうだ。
酒を飲んで暴れまわる父も憎かったろうが、弱々しくたたずむ父を見るのも忍びない。
娘の香と会えなくなった五郎だが、ひそかに娘を応援していた。ドラマでは、ダンプと長与の「髪切りデスマッチ」を家で見ていられず、たまらなくなって立ち飲み屋に出かけるが、そこでもダンプの試合を中継していたのだった。
後に父が危篤だという報せを受け、ダンプは愛車を飛ばして病院へ駆けつける。母と共に手術が終わるのを待つが、もうダメだということを二人は分かっていた。
先生が出てきたとき「ありがとうございました」と礼を言うが、先生が「手術は無事成功しました。もう大丈夫ですよ」と言われ、驚く二人。
てっきり死んだものだと思っていた二人は、一瞬ポカンとし、次に大笑いした。生きていてくれてよかった、ダンプはそう思ったのだった。
実際の話だが、殺したいほど憎んでいた父がもう長いことないと聞いたとき、父へのわだかまりが無くなったダンプが話している。
親子とは、どれほど憎んでいても、殺したいと思っていても、やはりどこかで「生きていてほしい」と願うものなのだろう。
「松本五郎」を演じ切った野中隆光
嫌われ役の松本五郎だったが、最後は年老いた病人になり、全盛期の面影もない。まるで別人だ。気の抜けたビールのようだ。
そんな五郎を演じたのは、演技派の野中隆光。1971年生まれ。現在(2024年)53歳。もともと劇団を旗揚げしたこともあり、演技派の逸材だ。
数多くのドラマや映画に出演し、なんでもできる役者として引っ張りだこである。
2018 年 『麻雀放浪記2020』(監督:白石和彌)
2018 年 『孤狼の血』(監督:白石和彌)
2018 年 『サニー』(監督:白石和彌)
『日本で一番悪い奴ら』(監督:白石和彌)
など、白石ファミリーの常連と言ってもよいであろう。
人気シリーズ「闇金ドッグス」(主演:山田裕貴)のシーズン9に、陣内弘樹役で出演している。
子分から金を巻き上げる兄貴ヤクザという役割だが、まさに野中にぴったりである。
「極悪女王」の五郎とはとても思えない、かっこよくて羽振りのよい若頭を演じている。
北野武の「アウトレイジ」にも出演している。裏社会の映画やドラマでは、存在するだけで絵になるのが野中隆光だ。
裏社会だけではない。『海街diary』(監督:是枝裕和)のような、心温まる映画にも出演している。なんでもこなせる役者なのだ。
今回、「極悪女王」で、ある意味最強の「極悪」を演じた野中隆光。娘に憎まれながらも娘を愛し続けた、不器用な五郎。野中が五郎を演じることによって「五郎という人間の生きざま」を私たちの心に強く植え付けることになった。
ダンプ松本は、確かに松本五郎の娘であった。